小さな村の始まり
「――というわけで、今日からここが俺の“職場”です。」
レオン・リステリア、二十歳。
王都から左遷された引き篭もり王子。
目の前に並ぶのは、木の机と椅子、そしてホコリをかぶった書類の山。
「……ミリア、これは、いつから放置されてたんだ?」
「一年半前のものが一番上ですね。下に行くほど古いです。」
「うわぁ、年代物の書類だ。」
「ある意味、歴史資料ですね。」
「褒め言葉になってない!」
机の下にはネズミ。
天井にはクモの巣。
そして外からは「ミシ……ミシ……」という、今にも崩れそうな音。
(……これ、家として成立してる?)
ミリアはほこりを払いながら、いつもの冷静な口調で言う。
「まずは住居の修繕と、村の資源の把握を行いましょう。」
「だな。領主館より、俺の心の方が先に崩れそうだが。」
「では、心の修繕は後回しということで。」
「ミリア、最近ツッコミが鋭くなってない?」
「必要なスキルですので。」
そんな中、勢いよく扉が開いた。
「レオン様ーっ! 見てください!」
リィナが駆け込んでくる。
両手いっぱいに紙を抱え、顔には笑顔。
この村で、唯一元気が有り余っている存在だ。
「これ、村の家族ごとの収穫量をまとめたんです!」
「……おお、すごい。ちゃんと表になってる。」
「えへへ、数字だけは得意なんです!」
「だけは、って自分で言うな。」
リィナの手書きはきれいで整っていた。
年齢からは想像できない几帳面さに、俺は思わず感心する。
「レオン様、この子を秘書にしては?」
ミリアが真顔で提案してきた。
「え、秘書? 十歳だぞ?」
「年齢は関係ありません。彼女の理解力と行動力は、十分に戦力です。」
「そうです! わたし、働けます!」
「やけにノリノリだな。」
「だって、王子様と一緒にお仕事できるなんて!」
「王子って呼ぶの禁止! 恥ずかしい!」
「じゃあ……領主様!」
「うーん、もっと恥ずかしい!」
「では、“レオン様”で。」
「それ、ミリア限定だったのに!」
「では、“れおんさん”で。」
「なんか親しみやすくなったな……まぁいいか。」
書類を広げ、三人で机を囲む。
村の課題は山積みだった。
・農地の荒廃
・水路の詰まり
・家畜の減少
・交易路の断絶
どれも深刻だが、俺の頭の中では別の考えが浮かんでいた。
「……この村、再建できるかもしれないな。」
リィナとミリアが顔を上げる。
俺は地図の上に指を走らせながら、ゆっくりと説明を始めた。
「まず、井戸を中心に水路を引き直す。
雨の時期に溜まった水を蓄えて、農地へ分ける。
畑の区画を整備して、耕作面積を増やすんだ。」
「でも、そんなことできる人、いませんよ?」
「俺がやる。」
「レオン様が?」
「ああ。前世で似たような“社畜プロジェクト”を担当してたんでね。」
「しゃ……何ですかそれ?」
「苦労の化身みたいなやつだ。」
ミリアが小さく笑う。
「社畜とは、レオン様の前世における“労働戦士”の呼称ですね。」
「補足が優秀すぎて悲しくなる。」
リィナが目を輝かせた。
「でも、そんなのができたら、この村、元気になりますね!」
「……まぁ、理屈の上ではな。」
「やってみましょう! わたし、土を掘るの得意です!」
「え、掘るの? 道具とか……」
「素手で!」
「元気すぎるだろ君!」
勢いに押されて、思わず笑ってしまう。
こんなふうに笑ったのは、いつ以来だろうか。
王都では決して感じられなかった空気が、ここにはあった。
ミリアが淡く微笑み、そっと紅茶を差し出す。
「……レオン様。あの子、まっすぐですね。」
「そうだな。俺が引き篭もりだってこと、たぶんすぐ忘れるタイプだ。」
「忘れられるほど、もう動いていますよ。」
「……お前、たまに刺すようなこと言うな。」
「事実ですので。」
窓の外には、ゆっくりと傾く夕日。
荒れ果てた大地が、オレンジ色に照らされていた。
確かに、何もない。
けれどその“何もない”場所に、少しずつ人の息吹が戻り始めている。
リィナが顔を出して叫ぶ。
「レオン様ー! 夕飯は一緒に食べましょう!」
「……ああ、すぐ行く。」
ミリアが微笑んでつぶやく。
「ふふ……まったく、引き篭もる暇もなさそうですね。」
「ほんとにな。」
俺は小さく息を吐き、笑った。
「平穏に暮らしたいだけなのに……やっぱり、引き篭もれそうにないな。」
――だが、不思議と悪くない。
そう思えたのが、この村での最初の夜だった。
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