第3話 画像処理
孫と観た木星。
翌日、撮影しておいたデータの画像処理を始めた。
電子観望では、観測と同時に「ライブスタック」が行われる。
接眼レンズ――といっても、その先にあるのは小さな液晶モニターだ。
映し出された映像は、PCやスマートフォンにも転送される。
つまり、アイピースで覗くか、大きな画面で見るかの違いにすぎない。
光学望遠鏡は、言わば“アナログ”の世界。
そこには何の補正も加工もない。
ただ、大口径・高倍率で覗く分だけ、昨夜の小さな望遠鏡よりも
確かに木星の縞がくっきりしていた。
せっかくだからと、その大口径の望遠鏡で写真も撮っておいた。
――そして今、そのデータを前にしている。
数百枚の画像を「加算平均」する。
いわゆる“スタック処理”と呼ばれる手法だ。
重ねれば重ねるほどノイズが消え、淡い縞や陰影が浮かび上がってくる。
まるで、時間そのものを積み重ねて、一枚の真実に近づいていくような感覚だった。
昔は――といっても、まだ銀塩フィルムが主流だった頃――
ポジ(スライドフィルム)を現像し、フィルムスキャナーでPCに取り込んで、
画像処理ソフトで演算処理を行っていた。
当時はそれだけでも、まるで魔法のようだった。
手を汚さずに、暗室に入らずに、
光を自在に扱えるようになったのだから。
そもそも、この画像処理ソフトとPCの登場が、
長いあいだ当たり前だった“暗室作業”を過去のものにしたのだ。
しかし、今は――。
もはや、演算処理の知識などなくてもいい。
「スタックソフト」にファイルを放り込めば、ものの数分で結果が出る時代だ。
しかも、電子観望用の望遠鏡なら、その場でリアルタイムに映像が仕上がる。
星雲の淡いガスが、緑や紅の色を帯びて闇の中から立ち上がり、
彗星の、肉眼では見えにくい尾(イオンテール)さえも現れる。
魔法の進化は、止まることを知らない。
処理を終え、画面に映し出された木星を見つめた。
輪郭は滑らかに、縞模様は息づくように揺れている。
その姿は、あの夜、孫と覗いた小さな光とはまるで違っていた。
けれど、あのときの驚きや歓声は、確かにこの中に刻まれている。
(たとえ技術がどれほど進んでも、
心の中の“最初の一枚”は、決して更新されないのかもしれない)
知り合いの星景写真家が、こんなことを言っていた。
「星像写真は、データさえ決めれば誰でも撮れる。
けれど――星景写真は、一期一会なんだよ」と。
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