第35話 料理人、次の町に到着する

「わぁー、すごーい!」


 俺の隣では嬉しそうにはしゃぐ少女とムスッとした白玉。

 そしてなぜか顔を伏せたままのゼルフがいた。


「お前らどうしたんだ?」

『オイラの席が取られた……』

「俺のことについては触れるな……」


 とりあえず同時に話すから、状況が理解しにくい。

 まずは白玉だが、自分が座っていた席をショートに取られたのが悔しいのだろう。

 今はショートに抱きかかえられているからな。

 ちなみに俺に剣を向けたやつらは、キッチンカーの荷台部分に押し込んだ。

 今は後ろから驚いた声が聞こえてくるが、森の中で放置するよりはいいだろう。

 また魔物に囲まれて終わりだからな。


 そして肝心のゼルフだが、やけにこっちを見ようとしない。

 正確に言うとショートの方には目を向けず、ずっと窓の外を見ていた。


「なぁ、ゼルフ」

「なんだ?」

「お前ってきぞ――」

「ぬああああああああ!」


 急に大きな声で叫び出した。

 これでゼルフが静かな理由がわかった。

 きっとショートと関わりたくないのだろう。

 以前、ゼルフは自分のことを貴族と言っていた。

 ただ、本当の貴族であるショートに出会ったから、今頃貴族じゃないのがバレると焦っているのだろう。

 極道が冗談で貴族って言ったらダメだからな。

 ゼルフが貴族なんて……ないない。


 しばらく静かなまま、キッチンンカーを走らせていると、やっと森を抜けた。

 あれからフォレストウルフと会うこともなく、時折クラクションを鳴らしながら魔物を遠ざけてきた。


『あれはなんだ!』


 突然、白玉が体から顔を出してダッシュボードに身を乗り出す。

 目の前には黄金色に輝く小麦畑が見えてきた。

 町の城壁は高く遠くに見えるのに、小麦畑の絶景に目が奪われる。


「ショートが住んでいる町は小麦粉が有名なのか?」

「うん! 粒が柔らかくて、お菓子にするといいよ!」

「お菓子か……薄力粉がメインの品種なのか」


 どうやら小麦粉の中でも薄力粉を主に作っているらしい。

 次は薄力粉を使った商品――。

 例えば、パンケーキとかクレープ、ご飯系ならお好み焼きがちょうど良いだろう。

 何を作るのか考えるだけでワクワクしてくる。

 異世界の小麦粉がどんな味なのかも気になるしね。

 小麦畑を抜けると、町が本格的に見えてきた。


「ハルト、少し速度を落とせ」


 さっきまで何も話さなかったゼルフが、突然口を開いた。

 俺は言われた通りに速度を落としていくと、町の外に人集りが目に入った。


「何かあるのか?」

「いや……あれはキッチンカーを警戒していないか?」

「たぶんそうなのかも……。まぁ、私って世界一可愛い令嬢だからね」


 ゼルフはショートをジーッと見ていた。

 この年の小さい子は自分が一番可愛いと思う年頃だから仕方ない。

 それに荷台部分の人と同じような服装をしている人が何人も門の前にいる。


「お前がどうにかできるのか?」

「先生、任せてよ!」

「そうか」


 そう言ってゼルフは窓の外をずっと見ている。

 先生って呼ばれていることには気にならないんだね。

 遠くにキッチンカーを止めると、ショートは急いで降りて、門に向かって走っていく。


「まるでキッチンカーから逃げるように走る貴族の令嬢だな」


 俺の言葉にゼルフと白玉はこっちを見ていた。


「なんだ?」

「ひょっとしてまずいんじゃないか?」

「何が?」

『こういう時、ハルトはお馬鹿だぞ!』


 なぜか俺よりもバカなはずのゼルフと白玉に貶される。

 キッチンカーから逃げるように走るショート……。

 逃げるように……。

 あれ……このままだと勘違いされそうだぞ。

 そう思った俺は急いで荷台部分を開けて、護衛の人たちを降ろしていく。

 ただ、車酔いしているのかふらふらして、まともに歩けない。

 ショートはそのまま保護されると、町にいた人たちが武器を構えて走ってきた。

 やっぱり勘違いされているようだ。

 きっと話を聞いてもらえなかったのだろう。


「ゼルフ、白玉しっかり捕まれ!」


 俺はすぐにキッチンカーに乗り込むと、強くアクセルを踏んで、クラクションを鳴らす。

 キッチンカーは後ろに下がっていく。

 ただ、クラクションを鳴らすたびに、警戒して近寄って来れないのだろう。

 武器を構えた状態で足を止めていた。

 次第に車酔いしていた護衛が町に着くと、説明しているのが見えた。


 ゆっくりとアクセルを踏んで町の入り口に近づいていく。

 しばらく待っていると、護衛の人がやってきた。


「町の中でドラゴンがやってきたと大騒ぎになっているらしいので、しばらくお待ちください」

「あっ……すみません」


 どうやら森からドラゴンの咆哮が聞こえて警戒していたらしい。

 その後に現れた謎の物体キッチンカー。

 町はパニックになり、さっき威嚇したクラクションでさらに大パニック状態だったようだ。

 俺たちはしばらく落ち着くまで、外で待つことになった。

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