第36話 料理人、初めての……

「なぁ……これってやっぱりあいつのせいだよな?」

『オイラもそう思うぞ……』


 俺と白玉はある人物をジーッと見つめた。


「おい、ここから出せよ! 俺の何がいけなかったんだ!」

「『顔!』」

「うっ……」


 俺と白玉の言葉にゼルフは崩れるように座った。

 俺たちは今、屋敷の牢屋にいる。

 一時的に保護という形だが、異世界にきて捕まるとは思ってもいなかった。


「あの時大人しく待っていればよかったのにな」

『ゼルフが勝手に逃げようとするからだぞ』

「うっ……」


 身元を調べる際に時間がかかると言われた。

 そのままキッチンカーで待っていると、ショートを助けた人物だと話が伝わり、領主であるショートの父親が直接姿を現した。

 キッチンカーを見て目を輝かせていたから、単純に魔導具が好きなのかもしれないが、それが始まりだ。

 領主を見たゼルフは何を思ったのか、そのまま姿を消そうとキッチンカーから降りた。

 ただ、護衛に止められてしまい、その際に手が頬に当たり……。

 あとは想像でどうなったのか話さなくてもわかるだろう。


 しばらくすると、足音が近づいてきた。


「もう! 先生は何やってるの!」


 鉄格子の外には怒ったショートが立っていた。

 ショートは隣にいた男性に頼むと、鉄格子の扉が開く。


「ちゃんとお父様が挨拶するって言ってるのに、逃げるからいけないんですよ!」

「いや……俺は……」

「『逃げない!』」


 俺と白玉は今でも逃げようとするゼルフをガッチリと掴む。

 ブンブンと手足を振り回すが、俺と白玉が離れないことに気づき、ため息をつきながら諦めた。


「放さないからな」


 もう面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。

 俺はゼルフが逃げて行かないように手を繋いで歩いていく。

 そして、ゼルフの反対の手にはショートが繋いでいた。


「なぁ、本当に俺も必要か?」

「「『必要!』」」

「はぁー」


 歩いている時もゼルフは駄々をこねていた。

 もうどっちが子どもかわからないな。

 ショートも呆れ顔……いや、楽しんでいそうだな。

 無愛想な顔の男が嫌がるところなんて、中々見れるもんでもないからな。


「ここにお父様が待ってるからね!」


 そう言って、先にショートが部屋の中に入っていく。


「ゼルフ、逃げるなよ」

『オイラも捕まるのはごめんだぞ!』

「わかった……」


 続くように俺たちも部屋の中に入っていく。

 もちろん部屋の中に入るまでは、ゼルフの手は握っているからな。


「遥々フロランシェに足を運びいただきありがとうございます。ハルト様、白玉様、そして……」

「ゼルフだ」

「ゼルフ様……」


 領主の声を遮るようにゼルフは名前を伝えた。

 人が話しているのに遮るとは、失礼なことじゃないのか……?

 しかも相手は領主だし、こっちは極道だ。

 俺がすぐに頭を頭を下げると、領主は笑っていた。

 どうやら優しい人のようだ。

 見た目もどことなく初老だから、ショートは遅くに生まれた子どもなんだろう。

 俺たちは案内されるままソファーに腰掛ける。

 テーブルの中央には、クッキーとお茶が置いてあった。


「よかったら食べてください。我が領地で取れた小麦粉を使った菓子です」


 俺はテーブルに載っているクッキーを一枚手に取る。

 どことなくクッキーの見た目をしているが、手に取った感触が思ったよりも硬い。

 ゆっくり口に運び、一口食べてみた。


――パキッ!


 一口かじった瞬間、口の中の水分が一瞬で蒸発した。

 まるで口の中が砂漠になったような感じだ。

 ザラザラとした粉が舌の上にまとわりつき、味は、えーっと……ない。

 ただただ小麦粉が主張しているだけだ。


「どうですか?」


 俺は無言で紅茶を飲む。

 あぁ、こっちはちゃんと茶葉の味がする。

 一体何を食べさせられたのだろうか。


『オイラも食べるぞ!』


 白玉は嬉しそうにクッキーを口に咥えて、一つ丸ごと食べる。


『んっ……これは……砂なのか……?』


 味合うように食べているが、きっとこれは味わう食べ物ではないのだろう。

 白玉はその場で止まり、口を開けると砂のようになったクッキーを吐き出した。


「不味かったですか?」

『不味いも何もこれは食べ物じゃないぞ!』


 その場でジタバタとする白玉。

 俺がやったら文句を言われそうだが、聖鳥である白玉なら問題ないだろう。

 チラッとゼルフを見たが、あいつは元々食べる気はないようだ。


「これってどうやって作ってるんですか……?」

「クッキーは小麦粉に水を少しだけ入れて、まとめてから焼くとできるよ! お兄ちゃん、もう一枚食べる?」


 やっぱり目の前のお菓子はクッキーで間違いないようだ。

 ショートはもう一枚俺に食べさせようとするが、首を横に振って断る。

 残念そうにショートはクッキーを食べていた。

 特に何も思わないのか、顔色一つ変わらない。

 むしろ顔色が変わったのは隣の領主だった。


「娘が食べさせようとしてるのに、君は断るのかね?」


 やはり娘を溺愛しているのは間違いなかった。

 ただ、いくら何でも不味いものは食べたくないからな……。

 

「俺が知ってるクッキーとは全く別物だったので……」

「君はこれよりも美味しいクッキーがあるというのかね?」


 俺は静かに頷く。クッキーって誰が作っても美味しくできるはずだ。

 むしろここまで不味く作れたことに感動するレベルだぞ。


『ハルトは世界一の料理人なんだぞ!』

「ほぉ、白玉様がそこまで言うなら、君に作ってもらおうかね? 娘のクッキーを断るぐらいだから、それぐらいは作れるだろう?」


 断る雰囲気にもならず、俺はなぜかクッキーを作ることになった。

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