第13話 背徳

佐伯陽翔…いや、エリシア・グランディール。


俺の愛しい魂は、千年もの時を超えて、今、俺の腕の中にある。ルシアンとして、一度はすべてを失った俺の腕の中で。


「……拒絶しない、ということか」


俺は唇を離し、息を乱す陽翔の顔を見下ろした。怒り、羞恥、そして微かに滲む絶望的なまでの切実な愛。その瞳の奥には、あの場所で永遠を誓ったエリシアの魂が、確かに宿っている。


俺の言葉に、陽翔は抵抗することなく、ただ小さく震えるだけであった。


(ああ、愛しいエリシア。どうして、この俺を拒まないのだ)


このあっけない勝利は、とてつもなく虚しい。俺が欲していたのは、何に対しても恐れず、俺の歪みを打ち砕くほどの純粋な光であったのに。


「地に落ちた俺を、お前の手で救済してくれるのではなかったのか?」


俺は佐伯の顎を掴み、軽く引く。視線が絡み合った。


「そうさ…救ってやるよ。どんな手をつかっても。」


そう言って睨みつけてくる佐伯からは、少し不安の色が感じ取れた。


「この汚れた魂を、お前の純粋な愛で満たしてみろ、エリシア」


その声音は支配欲を覗かせていたが、どこか懇願に近い響きを帯びていた。


指先が、佐伯の制服のシャツに触れる。ボタンを一つ外すたびに、陽翔の純粋な白い肌が覗き、微かに甘い香りが立ち昇った。それは懐かしい、思い出の香りだった。


(やっと……やっと見つけた)


俺の心臓は、ただ純粋にルシアン・グレイヴとして、千年ぶりに最愛の人の存在を再認識し、激しく脈打った。


シャツを脱がし、その身体を強く抱きしめる。佐伯は目を強く閉じ、涙を一筋流した。その涙を見た瞬間、俺の中のルシアンが覚醒する。


「泣くな、エリシア」


俺は、優しさとは程遠い、飢えた獣のような衝動で、その涙の跡を舐めとった。同時に、俺の唇は彼の額、こめかみ、そして耳元へと降りていく。


「お前を苦しめているのは、この俺か。それとも……お前を裏切った過去の俺か」


俺はそう呟きながら、陽翔の制服のズボンを乱暴に、しかし愛おしむように剥ぎ取った。


机の上に横たわる陽翔の身体は、学生らしい細さの中に、ルシアンがよく知る、エリシアの魂の温かさを帯びていた。


「止めるなら今だ。…陽翔」


俺は再び彼にチャンスを与える。だが、陽翔の返答は、切なく、そして甘美だった。


「……止められない、あなたが……ルシアンだから」


その言葉は、俺のすべての理性を焼き尽くした。


「ああ、そうだろう! お前は、俺の、俺だけのものだ!」


ルシアンとしての激情に突き動かされ、俺は陽翔の身体を抱きしめた。それは、罰ではなく、千年の孤独からの解放だった。


冷たい机と、乱雑な教材の山。背徳的な状況は、愛を信じられない俺の罪を証明している。だが、陽翔の温もりと、ルシアンと呼ぶ声だけが、俺の凍り付いた魂を、初めて溶かしていく。


「愛している……エリシア。愛している」


最低の教師としてではなく、裏切り者として処刑された、ただの男として。俺は陽翔の耳元で、千年前に果たせなかった愛の誓いを、何度も何度も繰り返した。


陽翔は、その愛の言葉を拒絶せず、ただ、静かに俺の背中に爪を立てた。その痛みこそが、俺にとって、現世で許された唯一の救済であるかのように思えた。

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