第13話 人の本質
足跡をたどりながら、森の中へと入ったが、いつまでも足跡が残っているわけもなく、しばらく歩くと、もう足跡もなくなった。
深い森は日差しを遮り、暗く鬱蒼としている。懐中電灯でも持ってくれば良かったと、蔵人は後悔した。
狼牙「これが、フォレストの達人さま、ね」
意趣返しだった。蔵人もそれは理解していた、理解していたからと言って、効かないわけではない、というだけなのだ。
二人は器用にメンチを切りながら森を歩いていた。もう他の四人の不良たちも呆れていた。
狼牙「あーー! はやく敵をやっつけてええぜ! 殺してぇ!」
蔵人「……」
狼牙「なんだよ? なにか説教でもかますのか?」
蔵人「いや、まあ、一度やってみるのもいいかもしれないな」
狼牙「は、はあ!?」
その蔵人の言葉は、不良達全員を驚かせた。
蔵人「自分という人間の本性が理解る、いい機会になるかもな」
狼牙「……」
――もう誰も話さない。
静寂は、森に広がる小鳥のさえずりをよく響かせる。だれもが蔵人の言葉の意味を考える。
しかし狼牙は認めない。認められない。それは未熟な青い果実の如く凝り固まった自尊心のせいだった。
森は更に深くなった。校舎はもう見えないが、木々の間から見える青空には、校庭で上げている狼煙の残りカスのような、微かな煙が見えた。それだけが、孤独を和らげた。
蔵人(結構歩き回ったんだ、こいつらも満足しただろう)
蔵人の目的は盗賊を見つけることではなかった。不良たちの有り余った鬱憤を発散させるためだったのだ。
蔵人「そろそろ――」
その言葉が終える前に、不良の一人、チャラ男の早乙女塁が遮った。
塁「あれ! なんかキャンプじゃね?」
現代日本の感覚でいえば、それはキャンプと言うには些末なものだった。汚いボロ布を三角に張ったテントが数個、そして獣を吊るして解体しているものが一つ、皮を吊るして鞣しているのが一つ、そして中央には棒を三本つかって吊るした鍋があった。
そこは敵の野営地だった。
塁「見つけちまった……本当に……」
蔵人「静かにしろ。誰か居る」
テントの中に一人寝ていた人間が見えた。
狼牙「昨日のやつか?」
蔵人「ここからじゃよくわかんねえよ」
蔵人は焦っていた。適当に森の中を歩き回って帰るつもりだったのに、下手を打ては昨日の二の舞いであるからだ。
蔵人「お前らなにか武器は持っているのか?」
狼牙はニヤリと笑うと、腰からサバイバルナイフを取り出した。
蔵人「おもちゃじゃないだろうな」
狼牙「馬鹿にするな!!」
そう言うと、親指の先をスっと切った。きれいな切り口から血が一雫流れ出る。
蔵人「なんで切るんだよ馬鹿か?」
狼牙は切った親指をなめる。ちょっと痛かったのだ。
他の者たちも、それぞれ武器を持ってきていた。鬼庭獅道はアイアンナックルを、球磨川狂は金属バットを、竜胆仁は警棒を、早乙女塁は……何もなかった。
蔵人「口だけは達者なトーシロどもが。全くお笑いだ。まるでカカシですな」
狼牙「なんだと!!」
仁「……コマンドーか」
狼牙「えっ!? しゃべった!?」
蔵人よりも、狼牙たちの方が驚いていた。
盗賊「んんっ……」
――盗賊が目を覚ました。
一瞬で蔵人たちの間に緊張が走る。盗賊はノロノロと起き上がると鍋の前に座った。まだ蔵人たちには気づいていない。
蔵人「とにかく、俺達じゃあ無理だ。一旦帰ろう。生徒会の奴らがなにか対策を練ってくれるって!」
狼牙「なんでだよ!! 数じゃ俺達のほうが多いんだぞ!」
蔵人「勝てるかもしれないが、無傷で勝てる保証もないだろ。医薬品だって無限にあるわけじゃないし、指でも切り落とされたらくっつけられないんだぞ。最悪死人も出るかもしれないんだ!! もうお遊びの時間は終わりだよ」
狼牙「お遊び……っ!!」
狼牙は盗賊の前に飛び出した。他四人も狼牙の後を追った。……いや塁だけは少し足取りが重かった。
蔵人「馬鹿っ!!」
しかし、蔵人は茂みに隠れたまま動かない。
狼牙「やあやあ我こそは黒瀬狼牙!! 人呼んで愛染学園の番長!! てめえ良くも俺の縄張りを荒らしてくれたな!!」
驚いた盗賊は逃げようとするが、四人に囲まれて身動きが取れなくなった。
盗賊「くそっ!!」
盗賊は腰に帯びていた、いわゆるファルシオンと呼ばれる幅広の剣を抜いた。サビも目立つ拙い剣であったが、長さも狼牙のもつサバイバルナイフよりも遥かに長い。
狼牙はたじろぐ。それは他の四人も同じだった。
盗賊「なんだあ? ガキじゃねえか驚かせやがって。てめえら良くもフリッツとマシューをやってくれたな!! へっへっへ、たっぷりお礼でもしてやるかあ!!」
狼牙は平静を装うことに必死だった。しかし呼吸は乱れ、目線は固まり、手は強張った。足の震えを隠すことが精一杯だったのだ。
他の四人も似たりよったり、いや塁だけは恐怖に慄いていることも隠せないでいた。
盗賊はそれを見て、にやりと口角を上げた。
盗賊「どうしたァ? さっきの威勢はどこ行ったんだ?」
狼牙たちは言葉を失っていた。誰も動かない。誰も前に出ない。それを見て、盗賊は確信したように笑った。
盗賊の意識はもう、狼牙たちをどう調理するかしかない。
蔵人「うおおおおおおおおおおおおお」
蔵人は盗賊の背後に回って奇襲のタイミングを伺っていた。それが今だった。
盗賊「うわあ!」
蔵人「っ!?」
盗賊は運よく、驚いて後ろにのけぞったことで、蔵人の斧をかわした。
――奇襲は、失敗したのだ。
斧が地面に刺さると、蔵人は咄嗟に斧を離して、盗賊にタックルをかました。倒れた盗賊に覆いかぶさって、顔面を殴打するが、盗賊もまけじと反撃する。
盗賊はまだ剣を握っている。
右の腕をどうにか使わせないように、蔵人は盗賊を組み伏せようとする。しかし盗賊の反撃は思ったよりも強い。どちらも命がかかっていたからだ。
蔵人「狼牙っ!! 刺せ!! 刺せええええええええ!!!!!!」
その言葉に、狼牙ははっとする。
自分が助けなければ、自分がとどめを刺さなければ、人が死ぬ。
猶予はない。昨夜の蔵人とおなじだった。
盗賊「くそおおおおおおお」
盗賊は一瞬剣を離した、握っていた向きを変えるためだった。 蔵人の腹わたに突き刺すためだった。
蔵人はなんとか盗賊の右腕を抑え込むが、盗賊も必死の抵抗を見せる。もう蔵人に余力はない。しかし狼牙は動けない。
蔵人「くそおおおおおおおお」
蔵人は盗賊に頭突きを食らわした。鼻が折れるほどの威力だった。
盗賊「あがああああああああああああ」
痛みから、盗賊は剣を離した。蔵人は咄嗟に剣を奪い盗賊の喉元に突き刺した。
勢いよく血しぶきが舞った。盗賊は首を抑えながら、ピクピクと動いたが、止まった。
蔵人「ハア……ハア……」
息も絶え絶えながら、二度目の勝利を得た蔵人だが、心は晴れない。何も感じない。
不良たちは固まったまま動かない。誰も動けなかったのだ。
狼牙は固まった盗賊を見つめている。いつまでも、いつまでも見続けた。
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