第12話 意気地なし

 図書室にた蔵人を訪ねてきたのは、楓たちではなかった。

「おっ、いたいた! おっさん!!」

蔵人「げぇ」

 それは、蔵人から食料の配給を奪った不良グループのリーダー、黒瀬狼牙くろせろうがだった。

狼牙「おうおっさん! あんた人殺したらしいな」

蔵人「なんだぁ……てめぇ……」

狼牙「しくじって、まだ生き残りがいるらしいじゃねーかよ!」

 後ろから、狼牙の部下四名が出てくる。いつも一緒にいるメンバーだった。左から、一番図体のでかいのが鬼庭獅道おにわしどう、一番小柄で線が細い体つきだか常にメンチを切っているのが球磨川狂くまがわきょう、常に無口でポーカーフェイスの竜胆仁りんどうじん、チャラ男の早乙女塁さおとめるいといった。

狼牙「俺達がその尻拭いをしてやろうってんだよ!」

蔵人「尻拭いぃ?」

 蔵人は露骨に嫌な顔をした。

狼牙「あんたみてーな、冴えないおっさんがまぐれでやれたんなら、俺らがやれねーわけねぇってことだよ! そしたら一躍俺達がヒーローになれるってもんだ」

蔵人「人から飯を強奪したくせに、ヒーローになったからって許されると思うなよ!! あぁん???」

狼牙「へっ、おっさん本当にやったのか?? 全然こわくねーw」

 蔵人の顔が怒りで歪む。しかし何の迫力もない。まるで三下のチンピラのように、ポケットに手を突っ込んで狼牙にメンチを切る。

蔵人「お前歳いくつだぁ? 本当に高校生か?? 馬鹿丸出しおちんちん野郎が!!」

狼牙「うっせー! ジジイ! ニート!! 穀潰し!!」

蔵人「あぁん??? てめぇが俺の穀奪い取ったんだろうがよお!! なんだぁあこらあ???」

狼牙「やんのか!!」

蔵人「やらねーが??? あぁん??」

狼牙「へっ、意気地なしめ!!」

 その言葉だけには、蔵人は反応した。一瞬だけ、悲しげな顔をした。それは誰にも気づかれない一瞬だった。

蔵人「意気地があったらニートなんてやってねえーんだが???」

 蔵人と狼牙は、額がぶつかるほどの距離でメンチを切り合っている。これでもかというくらい顔をハの字に曲げて。

蔵人「それで何のようだこらぁ? 傷心のボクチャンの古傷をエグリにきたのかこらぁ?」

狼牙「てめえが斧持ってるって話だから、借りに着たんだコラァ! 永遠になあ!! コラァ!」

蔵人「貸すわけねーだろこらぁ! とっと失せろこらぁ! あと謝れこらぁ!!」

狼牙「謝るわけねーだろコラァ!!」

蔵人「お? いいのか? 泣くぞ? 中年のおっさんが泣くぞ? ほら泣くぞ今泣くぞすぐ泣くぞ?」

狼牙「ないてみろコラァ!」

 蔵人はわざとらしく、まるで海外映画のワンシーンかのように、顔を動かして、次第に涙を流していった。首をくねくねと動かして、口を手で覆い、時折額に手を当てて、実にわざとらしい演技だったが無駄に迫真だった。

 不良たちはドン引きした。

楓「何をしているの!!」

狼牙「やっべ!! ずらかるぞ!!」

 不良たちは脱兎の如く走り出す。楓が蔵人のそばに近寄っても、蔵人はあいも変わらず演技を続けていた。楓は本気で心配するが、白鳥透子は気づいていて、楓に忠告した。蔵人はその後本気で怒られた。


 見舞いに来た生徒会の二人をあしらって、図書室にこもった蔵人は、校庭を走り抜ける五人の生徒を見ていた。

蔵人「本気で行く気かよあいつら」

 深い溜息が、彼らに対する呆れの現れだった。

蔵人「死ぬかもな……」

 どうでもいい、そう自分に言い聞かせていた。自分の食料を奪った、ただの嫌な奴らだったと。

蔵人「食い扶持が増えるし、な」

 必死に言い訳を探す。それでも本心は騙そうとする自分を否応なく暴く。

蔵人「ああ! もうしょうがねえなあ!! 俺が仕留め損なったのが悪かったんだよ!! そうですよ!! クソぉ……」

 森へ行く支度を始める。斧を手に持ったその瞬間、もっとも忘れたいことを思い出す。

蔵人「……意気地なしが」


 不良たちが森の入口で立ち往生していた時、蔵人が突然現れたことに狼牙は驚いた。

狼牙「な、なんだよおっさん!!」

蔵人「森は思ったより怖いだろ!」

 したり顔でマウントを取られたが、それは図星だった。

狼牙「うっせー!」

蔵人「おまえら水くみもサボってたからな! 森に入るのは初めてか?」

狼牙「うっせえーーーー!!」

 またも図星だった。

蔵人「もう帰ったほうがいいんじゃないかい???????」

 煽るように言われて、狼牙にもう引き下がるという選択肢はなくなってしまった。

蔵人「まあ待てよ。闇雲に森の中を彷徨っても、だた迷子になるだけだぜ?」

 最もな意見だった。

狼牙「じゃあ、どうしろってんだよ!!」

 蔵人は手招きをして、狼牙たちは蔵人に近づいた。

蔵人「まずは、この校門の外! ここにはたくさんの足跡があるが、一つだけ毛色の違うものがある。スニーカーじゃないやつがな」

 生徒の多くはスニーカーだった。特に校外へ水を汲みに行く重労働でわざわざ革靴を履くものは居なかった。

 しかし蔵人が指摘した通り、一つだけ違う足跡がある。その足跡を追っていくと、川の方角とは反対側に続いていた。

 蔵人はドヤ顔をした。わざわざ顎を上げて、まるで見下すような仕草をした。

狼牙「ふん! それさえわかればもう要はねえ!! さっさと消えな!!」

 蔵人はまた狼牙の額を当てて、ため息をこれでもかと吹きかける。にくったらしい顔で、狼牙を煽った。

狼牙「なんっだよ!!!」

 蔵人がポケットから取り出したのは、文房具に付属している、簡易的な方位磁石だった。これでもかというくらい、狼牙に見せびらかした。狼牙は奪い取ろうとするが、寸でのところでかわされてしまう。

蔵人「まあ、フォレスト初心者の君たちじゃあ、帰ってこれないかもねえ!! しょうがねえから、ついて行ってやるよ!! 感謝しろ! あと土下座しろ! 靴もなめろ!」

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