第14話 一歩踏み込んだ者、踏めなかった者
蔵人たちが落ち着きを取り戻すのに小一時間はかかってしまった。
その間に盗賊の死体の処理をした。糞便用の穴なのか、ハエのたかるその酷い臭いの穴に投下した。
蔵人「そういえば、体育館の死体はどうしたんだろう。処理はしたのか?」
皆首を横にふった。誰も知らなかったのだった。
蔵人「変な場所に埋めて、熊でも来られちゃ困るから、ここに捨てに来るか」
盗賊の野営地には様々な物があった。衣服などの生活用具や、弓矢や罠、短剣などもある。おそらく皮をなめすのに使っていたのだろうか。しかしどれも小汚なかった。そして何より、この世界の通貨があった。銅のコインが数枚程度だったが。
食料も数多くあった。麦にライ麦の粉、塩や干し肉などだった。三人分と考えれば潤沢なのだが、500人に分け与えるというには雀の涙ほどしかない。
蔵人は鉄鍋の中で煮込まれていたものに口をつけた。
狂「うわっ!! ばっちい!!」
焚き火を囲んでいた球磨川狂は、しかめっ面をして言った。
蔵人「でもでも、さっき盗賊は食おうとしてたんだから、変なものは入ってないだろたぶん。味は……なんというか……はあ……」
不味かった。肉は獣臭さく、麦の臭さが調和した、なんというか、臭い飯だった。
蔵人「それでも飯は飯だ。お前らも食えよ。最近腹いっぱい食ってねえだろ」
一理ある、そう思ったのか、不良たちは一斉に食べ始めた。狼牙を除いて、ではあったのだが。
狂「まあ、最近配給も少なくなってきてゆすりもできなくなってきたしね」
蔵人「お前らって結構優しいのか?」
獅道「いや、本気で抵抗されるようになっただけだ」
蔵人「もしかして、雑魚?」
狂「あんだと!!」
狂が立ち上がって蔵人に掴みかかろうとするが、鬼庭獅道に抑え込まれた。
塁「陰キャくん達なんて、徒党組むようになっちゃってさ。食べる時みんなで集まってるから」
蔵人「そんなん力ずくでぶんどればいいじゃん」
狂「お前どっちの味方だよ」
蔵人「私は常に強い者の味方だ」
蔵人はこれでもかと言うほどのどや顔を見せた。しかし誰も相手にしない。
塁「僕達がタカリに行くとさ、みんなで一斉に逃げるんだよね。運が良ければ捕まえられるんだけどなあ。最近じゃ、あんたから貰ったカップ麺でほそぼそと食いつないでいたってわけ」
そのカップ麺は蔵人が生徒会に渡さず隠しておいた食料だったのだ。少々ムッとした顔になった。
しかし、陰キャたちのその必死の抵抗は、まるで捕食動物の行動そのものに思えて、文明人の、しかも近所でも評判の進学校の生徒がこの行動を取ることに、蔵人はなんとも言えない悲しい気持ちになった。
蔵人「うーん、なんていうか俺はいま生物の縮図を聞いているようだ。やはり野生動物は実に論理的に動いているんだなあ。人間も所詮は動物だってことか」
一通り食べ終わると、蔵人は地面に寝っ転がった。
蔵人「腹いっぱい幸せ」
久方ぶりの満腹を味わった、胃の中がパンパンで頭がぼーっとした。
蔵人「お前ら少し干し肉隠し持っとけよ」
狂「えっ!?」
獅道「生徒会に渡さないのか?」
蔵人「全部渡す必要なんてないだろ。俺達が苦労して手に入れた戦利品だぞ? まあ、解体している途中の鹿があるし、それで十分だろ」
別に不良たちは何もしていないのだがと、蔵人は思ったが何も言わないことにした。不良たちも、手柄を分け与えられた、そんな気持ちになった。
蔵人「それで、陰キャ達からぶんどるのは勘弁してやれよ」
獅道「う、うむむ……」
そう言われてしまうと、もう何も言えない。
狂「わ、わかったよ……もうあいつらから取れねえよ」
塁「でも……」
狂「取らねえって、言ったんだ!! 二言はない!!」
塁「それはお前が言ったんだろ!!」
狂「うるさい!!」
狂が塁を殴りつける。だが誰も止めない。いつものことだったからだ。
そんな不良たちの日常を横目に、先程から俯いたまま口を閉ざしている、このグループのリーダである黒瀬狼牙に目を向けた。分け与えられた食べ物にも口をつけず、ただただ焚き火を見ている狼牙の姿がそこにはあった。
獅道たちも心配してチラチラと見ていたのだが、狼牙は全く動かなかった。
――自分という人間の本性が理解る良い機会になるかもな。
蔵人のその言葉が、狼牙の頭を反復していた。
蔵人「おい、意気地なし!」
ピクっ、と狼牙は反応した。
皆黙って、蔵人を見た。
蔵人は想像以上に狼牙が気落ちしていることに驚いた。今にも泣きそうな面をみると、流石に茶化すことはもうできなかった。
蔵人「その……なんだ、気にするな。色々とな」
狼牙「あんたの言うとおりだ」
蔵人「……」
狼牙「全部あんたの言う通りだった。みんなを危険に晒して、俺は馬鹿だった。意気地もなかった。俺は、俺は……」
大粒の涙が、強く握りしめられた狼牙の拳の上に落ちた。
蔵人「それでいいんだよ。それで」
狼牙「全然良くないっ!!!」
蔵人は目を瞑って、上を向いた。
こういう時、一体どんな言葉をかけてやればいいのか、蔵人の人生経験の少なさが如実に出た。自尊心をずたずたにされた、少年を奮い立たせる、そんな言葉を蔵人は知らないのだ。
蔵人が救いを求めたのは、愛してやまない歴史だった。
蔵人「……己を知れ」
その言葉に、狼牙は顔を上げた。
蔵人「敵を知り、己を知れば百戦危うからずって言葉がある。お前はどっちが難しいと思う? 敵を知ることか、己を知ることか」
狼牙はその問い、深く考える。しかし答えは出ない。
蔵人「俺は己を知ることの方が難しいと思う。敵ならば客観的に見ることができるが、自分を俯瞰して見ることはすっげームズいぜ? ゲームみたいにステータスが見れれば違うんだろうけどなあ」
狼牙「俺は……」
蔵人「お前は今、誰よりも自分を俯瞰しているじゃないか。自分の弱さを見つめるってのは、凄いことなんだぜ? みんな、自分の弱いところから目をそむけて生きてるんだからな。今のお前が、それを乗り越えられたら、きっと強い人間になる。だから、あまり成長されてもムカつくから、少し自分を責めるのをやめて、ちょっと前を向けよ!」
狼牙「……は?」
蔵人「だから、敵も己も知る人間になりそうなのは、なんかムカつくから、自分を知るだけにとどめとけって言ってんだよ」
狼牙「なにいってんのかわっかんねーよ……」
蔵人「俺も……」
結局、茶化してしまうのが蔵人という人間だった。
狼牙の心は晴れない。晴れないが、どこか道標のような、そんななにかを見つけることができた気がした。
一方、蔵人はこの狼牙のためにいった言葉が、半分は自分に向けて言ったことだとということを、自分が救われるために言った言葉だということを認められないでいた。そんな自分がこの上なく嫌いだった。
自分はなんて卑怯な人間なのだと、卑劣な人間なのだと、蔵人は自分を責め続けるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます