第9話
白銀に瞬く星環の下、恥ずかしさのあまり顔を上げられないクララと、彼女を抱きしめたままのセツリ。
やがて、落ち着きを取り戻したクララが何事もなかったかのように咳払いをして口を開く。
「それじゃあ、セツリの授かったギフトは何だったの?
おじさんの“農耕”か、それともおばさんの“裁縫”?」
セツリは腕をほどき、彼女の隣に腰を下ろした。
その仕草に、ほんの少しだけ残念そうな表情を浮かべるクララには気づかないまま、彼は言葉を探して沈黙する。
クララはそんな沈黙を“落ち込み”だと勘違いしたのか、ふっと柔らかな笑みを浮かべて言った。
「大丈夫よ。セツリなら“裁縫”のギフトだって立派に使いこなせるはず。
今は男性の裁縫士だって珍しくないもの。」
慰めるように彼の肩へ身を寄せたその時、セツリが静かに口を開いた。
「──ヨルノソコニトモルツギ。」
あまりに突拍子もない言葉に、クララは瞬きを繰り返す。
「な、なに? もう一度言って?」
セツリは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと告げた。
「僕のギフトは──“夜の底に知路告ぎ”。」
その声音には確かな実感があり、冗談ではないとすぐにわかった。
クララの胸の奥で、ざわりと得体の知れないものが波立つ。
「そ、それって……特殊ギフトじゃない!?
“勇者”や“賢者”、“剣聖”のみたいな──!」
ギフトの名に特定の力が含まれない例は、記録の上でも数えるほどしかない。
ただし──。
「でもね」セツリは淡々と続けた。
「そういうギフトって、何の力か分からないまま一生終えることもあるって言うだろ。」
ギフトの管理、登録を国から任せられている『聖律院』の発表によると一年に何件かは『勇者』や『賢者』のような特殊なギフトのように見えて、本人には何も変わりがない、何が起きているのか分からないギフトも存在すると言われている。
冷静な彼の声に、クララの昂ぶりは静かに落ち着いていく。
それと同時に、先ほどまで抱いていた不安が再び胸を満たした。
「ねぇ。クララ。……ギフトを授かった時、何か“声”とか聞こえた?」
「声?」クララは少し戸惑う。
「クララは聞こえなかったの?」
セツリは、確かにあの時男性とも女性ともとれる声を聞いた。
「え……? 私の時は何も。
ただ、急に“調薬”の力が分かっただけで……」
涙を含んだ瞳で見上げるクララに、セツリは嘘をつかず、あの“夜の出来事”をすべて話した。
無音の空間、群青の海に瞬く無数の星。そして告げられた言葉──。
> 『世界の演出を見抜く装置』
クララは眉を寄せて小さく呟く。
「どういう意味なんだろう……。だけど……なんだか怖いね。」
セツリは苦笑しながら星環を見上げる。
「さっぱり分からないよ。明日、父さん達に何て説明したらいいのか……」
「ギフト登録の義務もあるでしょ。
……でも、報告したらどうなるんだろ。こんな得体の知れないギフト……」
言葉を交わすふたりの間を、夜風が優しく抜けていく。
星環の光が薄らぎ始めた、その時だった。
ふいに背後の大樹の枝葉がざわりと鳴る。
次の瞬間、空気そのものが歪み、目の前の空間が波打ち始めた。
クララが息を呑む間もなく、その歪みの中から“人の足”が踏み出す。
やがて腕が、頭が、全身が闇を押し分けるように現れる。
「え……? あの方、見たことある……。
“勇者の御目付役”じゃ……!」
クララの声が震える。
セツリは反射的に彼女を背に庇い、低く名を呟いた。
「──“賢者”アルマ・ヴェルデイア…。」
星環の光が揺らめき、風が止んだ。
その瞬間、静寂の夜がゆっくりと色を変え始めた。
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