第8話

「ごめんなさい……セツリ。謝らなきゃいけないのは、私のほうなんだ。」


クララは、かすかに震える声で言葉をつないだ。


「小さい頃はね、冒険者だったお父さんが誇らしかったの。強くて、格好良くて……優しくて。

でも、あの日……魔物に殺されたとき、悲しいだけじゃなくて、怖かった。

それでも、いつか私が冒険者になって仇をとるつもりでいたの。」


彼女は息を吐き、星環を見上げる。

その瞳に映る光が、少しだけ滲んでいた。


「……でも、授かったギフトは『調薬』。

仇を取るどころか、冒険者にすらなれなかった。」


クララは苦く笑いながら続けた。


「そんなとき、私を慰めてくれたのはセツリだったよね。

あの頃の私は、もし仇討ちなんて言ってたらきっとセツリに反対されると思ってた。

でもね……セツリはいつも私の“王子様”だった。

だから……お父さんみたいになってほしくなかった。

居なくなってほしくなかったの。」


セツリは驚き、胸の奥で何かがきゅっと縮むのを感じた。

初めて知るクララの真意に、息を呑む。


「……じゃあ、なんでいつも“冒険者ギフトが授かるといいね”って言ってたの?」


「だから……敢えて言葉にして、そう祈ってたの。」

クララは小さく首を振る。


「ギフトって…不条理で、願う人の想いを無慈悲に無視するものだから。

ごめんなさい……セツリが冒険者ギフトを授からなかったの、きっと私のせいなんだと思う。」


言葉が涙に滲み、クララは再び顔を膝に埋めた。

震える肩が、月明かりに淡く揺れている。


「ごめん……ごめんなさい……だって……」

声が途切れ途切れになる。

「調薬ギルドに来る冒険者さんたちは、皆傷だらけで……指を失ってる人だってたくさんいて……。

今ならわかるの。お母さんが私のギフトを喜んでくれた理由が。

セツリが冒険者になって、そんなふうになったら……私……私……」


その言葉を聞きながら、セツリは静かに起き上がり、そっと彼女を抱きしめた。

草の匂いと、泣き声が夜の静けさに溶けていく。


「……大丈夫だよ、クララ。」

セツリは優しく言葉を選ぶ。


「僕はね、本当は冒険者のギフトなんてほしくなかったんだ。

争いごとも得意じゃないし、運動だって君に敵わないだろう? 冒険者なんて、最初から無理だよ。」


クララはそれでも、涙声のまま言葉をこぼす。


「……でも、男の子なんだもん。少しは憧れてたんじゃないかな……? “勇者”のギフトとか……」


「はは、それはないよ。」

セツリは苦笑しながら、彼女の頭をそっと撫でる。

「今代の勇者はまだ健在だ。特殊ギフトは時代に一人だけ。僕たちと同じくらいの女の子だって聞いたよ。

だから、僕の出番なんてないさ。」


軽くため息をついて、セツリはもう一度クララを抱き寄せた。

そして、静かに囁く。


「……もし、ギフトに希望があるとしたらね。」


クララははっとして顔を上げる。

月光に照らされたセツリの瞳が、まっすぐに自分を見つめていた。


「幼なじみの“王子様”になれるギフトが、欲しかったかな。」


その言葉に、クララの心臓が跳ねる。

視線を合わせられず、熱に染まった頬を隠すように俯いた。

星環の光が二人の影を重ね、風がそっと夜草を揺らした。

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