鏡よ鏡、どうか醜く割れておくれ

十一月二十九日

鏡よ鏡、どうか醜く割れておくれ

 窓の外にはちらちらと雪。テーブルの上には湯気立つホットチョコレートが注がれたマグカップ。ぶかぶかの袖に覆われた両手でそれを持ち上げて、あたしはほうと息を吐いた。


「ご主人」

「なあに」

「今更だけど、本当にこのままで良いのかしら」

「むしろ良くないとこ、ある? 私は今が一番幸せでーす」


 寄りかかる体温。押されてカップの中身が揺らぐ。危ないでしょうと咎めても、ゆるゆるに緩んだ頬は引き締まる気配が無かった。

 ご主人――悪魔であるあたしを一応は首輪付けて飼い慣らさなければいけないはずの契約者。それなのにこの濃厚なホットチョコを淹れてきたのは彼女であるし、服だって人間界に溶け込む為の必要最低限を飛び越して揃えられている。他にも美容液とか色々――流石にあたしも引いたので、幾らかは過去の契約者から毟り取った物を足して貢がせ過ぎないようにした。


「私のぜんぶと引き換えるには、じゅうぶん過ぎるよ」


 すりすり。私の髪を指先で弄んで、そして彼女は口付ける。


「――嘘でも、私にデレてくれる推しと暮らせるなんて」


 すう、と流れるように髪を吸われるのには慣れたから。何の反応もしなかった。

 本当のあたしの身長はこんなに低くないし、胸だってもっとある。あたしはそんな自分の事が好き。

 けれど、皮肉にもあたしには化ける才能があった。自分の姿を蔑ろにする、嫌いな魔法。それでも人間から色々毟り取るためには嫌いなことだってしなければいけない。お仕事ってそういうものだもの。

 だから今は正反対、非力な子どもの姿。本当は四角い光る板の中にしか居ないはずの女の子の姿。

 他ならぬご主人のオーダーによって。

 彼女には親から継いだ遺産もあった、高い知能もあった。けれど愛は持っていないのだと、彼女自身はそう言った。あたしがここに喚ばれた日、あたしの上着の裾をみっともなく引っ張って。


「その暮らし、あと数ヶ月で終わるのよ」


 毎週日曜日、あたしは『推し』とやらの演技を止めて良い事になっている。今日がそう。

 許されるのを良い事に素の言葉で現実を突きつけても、女の調子は変わらなかった。にまにま笑って明日のデートについての話に変えようととしている。

 契約してから約三年間、この女が高校を卒業するまでがリミット。それが過ぎたら、あたしが身体も魂も全部貰い受けるのだ。何もかも。

 それでも良いなんて、つくづく愛されてるのね。お前は。

 傍の姿見に映る女へ、心の中で毒づいてみる。ああ不機嫌そうな顔!

 


 似合わないからとただ下ろしている長い髪。

 本当はあたしが撫でて結ってあげる側でいたいのよ。

 真っ黒、まあるくてかわいい目。

 あたしの物になっても、そこに永遠にあたしは映らない。

 

 知らないのでしょうね、ご主人だってあたしから奪う側になった事。

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