第2話 光の坩堝 ― 二人の変化

 ・・・私は言葉を失った。


 目の前に広がっていたのは、どう見ても「未来」——いや、「超未来」だった。


 空を行き交う車。

 空中に浮かぶ椅子に座って、談笑している人々。

 そして何より、手元の空中に浮かぶ透明な板を指で操作する姿。


 映画やSFの中だけで見たような光景が、現実として目の前にあった。明らかに『未来』を超えている。


 ——これを超未来と呼ばずして、何と呼ぶ!


「れ、レイナ…っ?…これ、夢だよね…?」


「夢ならいいけど、ながら現実みたいだよ」


 そう、残念ながら。


 なぜなら、私たちは——


「「…空中に、浮いている!!!!」」


 そう、空に放り出されていたのだ。


 見下ろせば、ビルの屋根どころか、地上すら見えないほどの高さ。雲よりも高い。


「ちょっ、嘘でしょ!? 落ちる落ちる落ちるぅぅ!!」


「澪!落ち着け!姿勢を保って!——って、私も無理だけど!」


 風が顔を切り、髪が乱れる。


 ああもう、なんでこうなるの。


 私は運動部で身体のバランスには自信がある。だから、きっと私はなんとかなる。

 問題は、隣で絶叫してる親友のほうだ。彼女は運動委員長だ。


 そして、運動会系部活のトップ——いわば総裁である。だが、彼女にはいざというときの冷静さが欠けている。つまり…即座に対応ができない!!!!


「みおおお———っ!!!」


 私の叫びと諦めたような笑みを浮かべ、絵画の女性のようになっている澪と共に、異世界の空を——私たちは、落ちていった。


 空から、知らない世界へ。


 光が弾け、凍りつくように重力がなくなるのを感じた。私と澪以外は動いていないような、不思議な感覚。でも結局、私たちは落ちている。心配して澪を見た、その瞬間。私は——澪の瞳に映る自分の姿を見て、驚いた。


「…え?」


 鏡では、ない。だけど見えた。澪の瞳に映る私は、黒髪じゃなかった。風で揺れる夜色の髪が、銀に染まるように変わっていく。髪の根元から、髪の毛の先まで。ショートヘアだからか、すぐにそれは終わった。その銀は光を吸い込み、宝石のように輝く。


 瞳では、茶色の瞳孔が紫に変わり、紫が溶けて、瞳孔は外縁が圧縮されるように紫になり、そして外縁は虹の環となった。光の粒が漂い、まるで星座のように瞬く。


「レ、レイナ…? その髪…!」


 澪の声が震える。けれど、次の瞬間、今度は澪自身が光に包まれた。


「み、澪⁉」


 風が止まり、時間が緩む。澪の黒髪ポニーテールが、ゆっくりと変化してゆく。


 夜明けのように黒から金へ、金から橙へ。金とオレンジのグラデーションが、風に揺れる炎のように舞った。


 そして、その瞳。同じく茶色の瞳孔があかく燃え、その外側には紅藤べにふじのようにやさしい桃色が広がっていく。熱とやさしさ。太陽と春風。両方を宿したような眼だった。


「な、なにこれ…! 私たち…!」


 互いに手を伸ばし、触れようとする。


 けれど、指先が触れる寸前で——世界が反転したような感覚に襲われた。


 空が裏返り、光が形を変え、星が地面から生まれるような錯覚。


 銀と橙金の髪が交差し、風がうねりを上げる。その瞬間、二人の視線が重なり、光が爆ぜた。


 ——その神秘的な光景に、私たちは、ただ、呆然としていた。


 そして、ハッと我に返る。


 凄く驚いた。まさか、こんなことがあろうとは。そう思っていたら、澪が話しかけてきた。


「そういえばさ、あれ、何だったんだろうね」                 

    

「あれ?ああ、あれか。正直わからないよ」


 そもそも、転移みたいな現象がなぜ起きたのかさえ分からないのだ。


 それはもう諦めて、安全を確保しなければ。とにかく、澪。まずは着地からだ。まだ空中で落下途中だから、気を抜いちゃダメだよ。


「澪、着地の準備、出来てる?」


「あ」


 そのことを澪に言うと、やはりというべきか、驚いたような返事が返ってきた。


「あと10メートルくらいかな?」


「ヤバイ、このままじゃ落下死するぅぅぅッ!」


「とりあえず、頭を守って。キャッチするから!」


 澪が頭を守る姿勢になる。飛行機とかでよく説明されるやつだ。で、私がそのポーズをした澪をキャッチ。そして姿勢を整えて、落下する。


「うえい、怖い!」


「大丈夫、大丈夫」


 澪を抱えてスタッ、と着地する。来ると思っていた衝撃はまったくない。どうやらこの世界の地面は、落下の勢いを吸収する仕組みらしい。すごい ——何もかもが、未来だ。


 私たちはお互いの無事を確認し、落下途中で変化したお互いの髪と瞳の色を見る。


 なぜか笑えてくる。ありえない状況なのに、テンションはぐんぐん上がっていく。


 これから冒険が始まる——そう直感が告げる。楽しみで仕方ない。


「これ、夢じゃないよね?」


「まだ言うか。現実だよ、これは」


 風に乗って、澄んだ音が流れてくる。どこからともなく、風鈴のような音色が響き、追い風が吹く。まるで、歩き出せ、と背中を押されているかのようだ。


 澪も一緒だろう。顔を見れば、ものすごくわくわくしているのが分かる。きっと私も同じ表情をしているのだろう。そう思いながら、歩き出した。


 二人は街へ向かって歩き出す。

 ——”光の都市”東京へ。

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