第2章

翌日、鈴香たち四人は、市の中央南側に位置する工芸高校を訪問し、副部長の佐々木に案内されてロボット研究部の部室へと向かった。

校舎の窓からは、白く滑らかな曲線を描く巨大な屋根が見える。街のランドマークともいえるドーム型の球技場だ。プロサッカーリーグの試合がある日には、このあたり一帯が人と歓声で埋め尽くされるという。

部室の扉を開けると、整然と並んだ工具やパーツの奥で、一人の男子生徒が立ち上がった。

「部長の加藤です。この度はご足労いただきありがとうございます」

背は高く、すらりとした体躯。整った顔立ちは自然と周囲の注目を集めそうだ。制服の袖口からのぞく指は細く長く、機械を扱う人間らしい繊細な動きを感じさせる。眼鏡の奥の瞳は落ち着いており、年齢に似合わぬ責任感がにじんでいる。無駄のない所作と礼儀正しい口調が、彼の人柄を物語っていた。

副部長の佐々木が加藤を紹介した。

「加藤はロボット制作の中心人物で、ニュースにも取り上げられるほどの有名人なんですよ。その彼が作ったロボットが壊されるなんて……大変な損失です」

佐々木の言葉に、加藤は一瞬、表情を曇らせた。しかし、すぐに冷静な顔に戻ると、小さく頭を下げた。

「僕のことなんて大したことはありません。それより、今は事件への対応が先決です」

彼の声からは、自らの実績に対する驕りは感じられず、ロボットが破壊されたことへの苦悩がにじんでいた。


部室に入ると、まずは整然と片づけられた作業机や工具棚が目に入った。その前にはパソコンが綺麗に並べられ、秩序が保たれたその風景からは、とても事件があったとは思えない。

「当日の様子を見てもらった方が早いでしょう」

佐々木はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を開いて鈴香たちに見せた。そこには、壊された直後のロボットの姿が写っていた。パーツは床一面に散乱し、工具箱までひっくり返っている。ネジやワイヤーが無造作に投げ出され、破壊の衝撃がそのまま写真に封じ込められていた。

「こりゃ、すごいな!」

周平は思わず声を上げ、スマートフォンを食い入るように覗き込む。

佐々木は苦い表情を浮かべながら、部屋の奥へと彼らを案内した。そこには、破壊されたロボットが今も無残な姿で置かれていた。脚部のフレームは折れ曲がり、カバーの一部はひび割れている。精密な内部基盤が露出し、配線が分断されたままだ。

「そうなんです。本当に、誰がこんなことを……」

佐々木の声は沈み、肩は小さく震えていた。


その後の聞き込みも容易ではなかった。部員たちは総じて口数が少なく、鈴香の質問に対して簡単な返事しか返してくれない。

「壊されたロボットを発見したときの状況を教えてもらえますか?」

颯太が柔らかく問いかけても、

「……部室にはいなかったです」

「何も知らないです」

答えははっきりしており、動揺や困惑が感じられるだけだった。鈴香は部員たちを観察し、すぐに察した。

「なるほど、被害の大きさにみんなショックを受けているだけね。隠していることはなさそうだわ」

颯太も部員たちの態度を冷静に見定めて、うなずいた。

「犯行の手がかりは、部員よりも現場とロボット自体にありそうだな」


一方で、綾音は佐々木に依頼し、ロボット研究部のLANに持参したノートパソコンを接続する許可を得ていた。キーボードを操作するその指先に迷いはなく、的確に情報収集を進めている様子が窺える。

鈴香と颯太の部員への聞き込みが終わった頃、綾音もひと段落ついたのか、静かにノートパソコンの画面を閉じようとしていた。

「先ほどの現場写真は佐々木様からコピーをいただきました。取得したデータとあわせて整理しておきます」

声は穏やかだが、何一つ漏らさず記録しようとする姿勢が頼もしく思える。

鈴香は颯太と目を合わせると、壊されたロボットと沈黙する部員たちに視線を戻した。

「……ここで得られる情報は、こんなものかしら」

その言葉を合図に、佐々木にあいさつをして鈴香と颯太、綾音は部室を後にした。廊下に出ると、夕暮れの光が長い影を落とし、静けさの中に冷たい気配が漂っていた。

鈴香は心の中で、ばらばらに散らばった断片を思い描く。壊されたロボット、部員たちの反応、そして綾音が収集したデータ。

それらをつなぎ合わせれば、必ず「真相」への道筋が浮かび上がるはず――。


次の日の放課後。鈴香と颯太、綾音、周平の四人は、いつものように鈴香の机の周りに集まっていた。

「お嬢様。昨日調査した情報がこちらにまとまっております」

綾音は淡々とタブレットを差し出す。しかし、その結果は芳しくなかった。

「ロボット研究部のLANからサーバに接続し、ロボットのプログラミング環境を調査しましたが、不正なアクセスは見当たりませんでした」

「……手がかりなし、なのね……」

「また、校内ネットワークから監視カメラのサーバにもアクセスしましたが、ロボット研究部の部室の近辺には監視カメラは設置されておらず、こちらも、手掛かりとなるデータは入手できませんでした」

鈴香は肩を落とし、うなだれた。心の内で、自分の無力さをかみしめる。

そのやり取りを横で聞いていた颯太が、すかさず口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと待て。監視カメラのサーバに接続って……そんなこと、あっさりできるのか?」

「必要と判断して調査しました」

綾音は全く表情を変えず、淡々と首肯する。

「……すごいな。映画の中の話だと思ってたぞ」

驚愕を隠さない颯太の横で、周平が急に立ち上がる。

「そういえばさ、昨日仲良くなったロボット研究部のはるかちゃんが言ってたんだけど、加藤君、最近ずっと憔悴した感じだったらしいぜ」

鈴香は思わず周平に向き直った。

「え、昨日会っただけでそんなに詳しく話を聞いたの?」

颯太も怪訝そうに眉を上げた。

「そういえば田村、お前途中から別行動してたな」

周平は軽く肩をすくめ、照れくさそうに笑った。

「まあ、俺ってすぐ誰とでも仲良くなれちゃうからな。気がついたら、結構いろんな情報が耳に入るんだよ」

綾音は少しだけ口元を緩め、淡々とした口調で賞賛した。

「……本当に、田村様は驚くほど有能ですね」

鈴香はその言葉でスイッチが入ったように、ハッと目を見開いた。

「……!」

鈴香の表情が変わる。閃光のように推理の芽が生まれた。

「綾音、加藤さんの情報をできる限り調べてちょうだい」

即座の指示。綾音は無言でタブレットの操作を始め、すぐに記事が並んでいる画面を差し出した。

「お嬢様、加藤様に関する情報をこちらにまとめました」

「将来が期待される」との称賛は多いが、具体的な成果についての言及は少ないようだ。

「あわせて、昨日のプログラミング用コンピュータの調査結果を再確認したところ、事件の一週間ほど前からロボットのプログラムは更新されていないことも判明しました」

綾音が続けて報告する。

「これは……壊されたロボットについても調査する必要があるな」

颯太が新たな視点を提案すると、その落ち着いた口調に、鈴香は安心を覚えた。

「確かにそうね、そうしましょう」

鈴香は颯太と視線を合わせ、小さくうなずく。

そのやり取りを横で見ていた綾音が、淡々とした口調で応じた。

「……随分と息の合ったコンビになられましたね、お二人は」

鈴香は思わず顔を伏せ、颯太もあわてて視線を逸らした。

「わかった。俺が明日、佐々木君に掛け合って、壊されたロボットを借りてくるぜ」

その横で周平が力強く賛成した。

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