第2話 富豪令嬢探偵、試練
第1章
学園の校舎屋上にあるテラスは、午後の光を浴びてきらめいていた。
花壇には薔薇やユリの花が咲き誇り、香りが風に乗って漂ってくる。磨き抜かれた白いタイルの床は、まるでホテルのラウンジのように整然としており、等間隔に並んだベンチはどれも新品同様に輝いている。
「まったく、わたしの推理の邪魔をするなんて、本当にありえないわ」
神戸鈴香は不満げに声を漏らし、スマートフォンの画面を乱暴にスワイプした。
神戸家の寄付によって設置されたこのテラスは、学園の「名物」として何度も広報誌に掲載されているのだが、不思議と静かで、考えごとをするのにちょうどいい場所だ。放課後になると、ちらほらと生徒の姿も見えるが、みな花壇の縁に腰を下ろす程度で、ベンチの近くまで来る者はほとんどいない。
画面には、学園の全生徒と教職員に届けられたという、山のように積まれた限定プリンの写真。ガラス製のカップが光を反射し、まるで宝石箱のように輝いて見えた。
「せっかく事件を解決したのに……これじゃあ、まるでわたしがお金をばらまいているみたいじゃない。探偵としての名誉が汚された気分だわ」
隣のベンチで腕を組む森永颯太は、冷めた目でその光景を眺めている。そんなことには全く興味がないと言わんばかりの態度だ。
「いいじゃないか、勝手に思わせておけば。きっと、ちゃんとわかってくれている人もいるはずだ」
少し離れた場所から見守っていたメイド服姿の伊藤綾音も鈴香をたしなめた。
「お嬢様、事件を解決されたのは事実です。美術の先生も大変喜んでおられました。プリンを前に涙を流しておられたくらいです」
「そういう問題じゃないの!」
鈴香は顔を上げ、髪を揺らしながら声を張り上げる。
「わたしはね、頭脳を駆使してスマートに解決したかったの。論理で真相に辿り着き、推理の力でみんなを唸らせる……それこそが、わたしの探偵としての理想なのよ。なのに、結局はお金の力を使って解決した形になっちゃった。これじゃあまるで、ただのお金持ちの道楽じゃない!」
鈴香は、悔しさを強がりに置き換えていることを自覚したが、言葉は止まらなかった。
鈴香にとって「探偵」という肩書きは、気まぐれではなく、自分の存在意義を賭けた挑戦なのだ。
「お嬢様は、ご自身の力で事件を解決なされたいのですね」
鈴香の反発に綾音が理解を示し、なだめるように声をかける。
鈴香はくるりと振り返り、勢いよくうなずいた。
「そうよ! わたしは探偵なんだから! 次こそは、お金の力に頼らず推理で真相を暴いて見せるわ。それがわたしのやり方なの!」
颯太はその言葉を胸の内で反芻するように、黙って視線を落とした。
そんな彼の様子を見て、鈴香は小さく肩をすくめる。
「……ねえ、颯太。例の手紙、どう思った?」
颯太は、紙コップのジュースを片手で持ち、視線を落としたまま答える。
「そうだな……今回は前回と違って学園外の事件で、依頼内容も違うタイプだな。一筋縄ではいかないと思うぞ」
「ふふ、やっぱり鋭いわ。頼りにしてるわよ」
鈴香は満足げに微笑み、花壇越しに広がる青空へと視線を流した。
綾音は、タブレットを操作しながら、淡々とした口調で話す。
「依頼人・佐々木健太。工芸高校のロボット研究部副部長。ロボット研究部は大会での優勝経験もあり、ニュースで取り上げられたこともあります」
「へー、マジかよ」
颯太の隣に座っていた田村周平が、驚いた顔で立ち上がり、綾音のタブレットを覗き込んだ。
「ねえ、田村くんは今回の件、どう思う?」
「うーん、俺にはよくわかんないな。ロボットとか、複雑そうだし。でも、神戸さんがやるって言うなら、俺は協力するぜ!」
周平のその言葉に、鈴香は少し照れくさそうに微笑んだ。
翌日、鈴香と颯太、綾音、周平の四人は、学園の最寄り駅近くにあるファミリーレストランへ足を運んだ。昼どきで賑わう店内は、学生やサラリーマンのざわめきに包まれていたが、奥の席に落ち着くと、そこには既に依頼人の佐々木が待っていた。
「この度は、ご協力いただけるとのこと、ありがとうございます」
佐々木は、緊張した面持ちであいさつを交わす。
「それで、一体何があったのでしょうか?」
鈴香は、興味津々といった表情で尋ねる。
「ロボットが……壊されてしまったんです」
絞り出すような声で告げられた言葉に、一同の視線が佐々木に集まった。完成間近だったロボットが、何者かによってバラバラに破壊されてしまったという。
「高校生ロボット大会に参加するために制作を進めていたのですが、完成までにあと少しというところでこんな事態になってしまって……」
憔悴した様子の佐々木は訴える。
「部室には鍵がかかっていて、部員と顧問の先生しか入れないんです。僕は、おそらく内部の犯行じゃないかと疑っています……」
「内部犯行……というと、部員が怪しいってことだな」
周平は驚きの声を上げた。
一方で、鈴香の胸は高鳴っていた。
「つまり、部員の中に犯人がいるってことね! 面白いわ」
颯太はそんな鈴香を冷めた目で見つめる。
「そうなんです……だから、一体誰が……」
佐々木は、困惑した表情で頭を抱えた。
鈴香は颯太の冷めた視線をものともせず、颯爽と立ち上がった。
「わかりました。では明日、ロボット研究部をご訪問しますので、よろしくお願いします」
そのとき、じっと話を聞いていた颯太が口を開いた。
「佐々木君、一点だけ確認させてください。あなたの依頼の目的は、犯人を特定することですか、それとも大会までにロボットを完成させることですか」
「えっ……」
佐々木は予想外の質問に戸惑ったようだが、少し考えてから慎重に口を開いた。
「そうですね……。ロボットを壊した犯人に腹が立って、神戸さんに事件の解決をお願いしたんですが、僕たちは大会での優勝を目指しているので、どちらかを取れということであれば、大会までにロボットを完成させることになりますね」
佐々木が帰った後のテーブルで、鈴香は颯太に問いかけた。
「ねえ、最後に佐々木副部長に質問したじゃないの。あれは何だったの?」
さっきから気になっていたことを鈴香が尋ねると、颯太はグラスの水を一口飲み、落ち着いた口調で説明した。
「部員は全員ロボット制作に熱中してるんだろ? 内部犯行だとしたら、動機がないじゃないか」
颯太の言葉に、鈴香はハッとした。
「確かに不可解ですね。内部犯行ということは、自分たちで制作しているロボットを自分たちで壊したことになります……。部員間の関係に問題があったのでしょうか」
綾音も同じ疑問を感じたようだった。
「今回はそんなに単純な事件じゃないっていうことね……」
難事件を前にして、鈴香の胸の奥で、抑えきれないほどの高揚感が湧き上がった。
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