第3章

数日後、綾音の口から語られた、壊されたロボットの調査結果は驚くべきものだった。

詳細な調査結果が表示されたタブレットを前に、鈴香は戸惑いの気持ちを押しとどめることができなかった。机に手をついて思考を巡らせる。

「完成には程遠い状態って、どういうことなんだよ」

全員の気持ちを代弁するように周平が唸った。額に皺を寄せ、目には困惑の色が浮かぶ。

「いや、これは重要な情報だ」

颯太は普段と変わらぬ冷静な様子で指摘した。タブレットの画面に向けた視線に、思考の鋭さが読み取れた。

周囲の空気は緊張に包まれ、誰もが次の言葉を待っている。

「まずは整理しよう。佐々木君の説明によると、ロボットは完成間近とのことだった。だが実際には完成には程遠い状態であることがわかった。つまり、佐々木君が嘘をついているか、佐々木君の認識が間違っているか、そのどちらかだ」

鈴香は眉をひそめ、タブレットの画面を見ながら即座に疑問を挟む。

「でも、事件の解決を依頼した佐々木さんが嘘をついていることなんてあるのかしら?」

颯太は肩の力を抜き、指先で机の表面に軽く触れながら答える。

「可能性は低いだろうな。とすると、佐々木君の認識が間違っていることになる。そして、佐々木君は内部犯行を疑っている」

鈴香の胸はざわついた。頭の中で疑問が渦巻き、焦燥と好奇心が交錯する。

「まさか……犯人は、加藤さんなの?」

その声にわずかな震えが混じる。机に置いた手に自然と力が入った。

「どういうことなんだ? わかりやすく説明してくれよ」

推理に取り残された周平が抗議の声を上げた。肩を揺らしながら、思わず前のめりになる。

綾音は、背筋を伸ばした綺麗な姿勢のまま、落ち着いた声で鈴香の思考をトレースするように言葉をつぐむ。

「つまり、内部犯行を前提とした場合、佐々木様に対して誤った認識を与えられるのは、ロボット制作の中心人物である加藤様以外には考えられない、とお嬢様は推理されたわけです」

周平はホッと息をついた。

「確かにそうだな。じゃあ一件落着じゃないか!」

しかし、鈴香はゆっくりと首を横に振った。机の上で両手の指をからめ、画面をじっと見ながら焦燥した息を吐いた。

「でも、証拠がないのよ……」

「前回の事件と同じく、関係者のSNSも調べて回りました。ロボット関連の話題や写真は多くありましたが、破壊につながる情報は発見できていません」

綾音はタブレットをスクロールさせながら、淡々と説明を続ける。その声は澱みなく、いつもより低いトーンで、その場の緊張感を高めていた。

鈴香は視線を机から窓の外に移した。頭の中で思考を巡らせるも、何かが不足していることは明らかだった。

「この間の事件みたいに指紋を取って照合するやり方はどうなんだ?」

周平が机を軽く叩きながら疑問を投げかけた。期待と不安が入り混じった目で周りの反応を伺っている。

「いや、ロボットからは部員全員の指紋が検出されるだけだろう」

颯太は手元に視線を落とし、不備を指摘するが、その声からは事態を打開するための方法を模索しているのがわかった。

鈴香は深く息をつき、心を落ち着かせようとした。まだ何かが足りない――事実と推理を慎重に重ね合わせ、的確に次の一手を打たねばならない。


鈴香は、手詰まり感にさいなまれながら、自宅へと戻った。

リビングのソファに腰を下ろすと、

「困ったわね」

と小さく漏らし、鈴香は目を閉じておでこに左手の人差し指を当てる。頭の中でフル回転させ、一心不乱に何ができるのかを考える。

(……できれば、まずは自分たちの力だけで解決したいけど……。前回みたいにお金の力を使うことも考えないといけないかも。でも、どうすればいいの……)

そこへ母が、静かに紅茶を差し出してくれた。

「お母様……今回の事件、どうすればいいか分からなくて……」

鈴香は思わず弱音をこぼした。

母は微笑みながら、そっと手を鈴香の手に重ねる。

「鈴香さん、事件の解決って、犯人を見つけて糾弾することだけじゃないと思うの。大事なのは、事件の背景や関係する人たちの問題を理解して、どうしたらみんなが幸せになれるかを考えること。あなたが探偵活動を行っている理由もそこにあるんじゃないかしら」

その言葉は、鈴香の胸にゆっくりと染み込んでいった。

頭の中で母の言葉を反芻する。単純に犯人を指摘するだけではなく、どうしたらみんなが幸せになれるかを考えること──それが本当の事件解決の鍵かもしれない。


翌日、鈴香は教室で母の言葉を仲間たちに伝えた。

「ただ犯人を見つけるだけじゃなくて、どうしたらみんなが幸せになれるかを考えることが大事って、母が言ってたの。それで、わたしもそうだと思って、みんなと相談したくて」

腕を組んでいた周平は、顔を上げてぱっと表情を輝かせた。

「いい言葉だな! 犯人探しっていうより、事件をきっかけにみんなが前に進めるようにするってことか。なんかワクワクしてきたぞ」

タブレットを軽くタップして情報を再確認していた綾音も、手を止めてうなずく。

「現時点での調査結果を、依頼者である佐々木様にお伝えしてはどうでしょうか。内部犯行とした場合、佐々木様が何を望んでいるのか、どこまで踏み込んでよいのかを確認しないと、こちらの動きも定まりません」

「そのとおりだ。さらに事態を見極めれば、これからどう動くのが最善かが見えてくるはずだ」

颯太は落ち着いた声で筋道を示しながら、鈴香に視線を向けた。

鈴香は深く息を吸い込み、三人の意見が妥当だと結論づけた。

「そうね……。次は依頼者としっかり話をしてみるべきだわ。今までの調査でわかったこと、そこから推理で導いた結論を正直に伝え、佐々木さんの反応を得て、そのうえでさらに次の行動を決めましょう」

颯太は静かにうなずき、周平は元気よく拳を握りしめる。

「よし、決まりだな! 俺たちで正しい道を見つけようぜ!」

綾音はすでに佐々木に示す報告資料の準備に取りかかっていた。

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