第9話 タルサス星人は鼻をつかう(前編)

 放課後になると、雨は上がっていた。そのかわり、夏の訪れを告げるような熱気と湿度に校舎は包まれていた。冷房が入っている教室から外に出ると、むせかえるような空気が、まるで植物園の中にいるようだった。


 部活もなく、碧陽祭へきようさいの準備も昨日でひと段落したので、僕と大和は雨上がりの校内を、歩きながら“捜索“を始めた。

 雲の間から漏れる陽の光は、17時を過ぎたというのに、濡れた路面をキラキラと光らせている。


「まずは、盗まれた雨宮の体操服を見つけなきゃな。」

「なんでだよ、犯人を探すんじゃなかったのかよ」


 僕がつっこむと、大和は顔の前で人差し指をたてて、左右に振った。したり顔で言う。


「まだまだ甘いな、ワトソン君。犯人は雨宮を狙って体操服を盗んだ可能性が高いんだ」


 ——誰が、ワトソン君だ。というか、ワトソン君って誰だよ。


「体操服を盗むということは、雨宮に対する執着があるということだ。」

 大和は腕を組んで、考え込むような低い声で言った。

「その理由は、怨恨、そして一番は——恋情。。。」


「まあ、そうなるんだろうね。それで、体操服を見つけたら、かんたんに犯人が見つかるもんかね。」

「それはそうさ。ワトソン君。恋情があって、その体操服を盗んだら、犯人は何をすると思う。」

 大和はわざとらしく、目を細め、その団子鼻の下を指でなぞった。

 どうやら、どこかの名探偵が口髭を整える真似をしているようだ。


「ねえ、そのワトソン君ってなんなの?なんか名探偵みたいになってる?」

 大和は僕を指差して答えた。

「そうさ、犯人はまず匂いを嗅ぐだろう!」


「いや、俺は何も言っていないし。」


「そのとき犯人の匂いは、体操服につく!それをわたしの能力で追えば、犯人がわかるというわけだ。」

 鼻を指さしながら得意そうに答えた。


「……何キャラだよ。」

「タルサス星の捜査方法さ。ワトソン君」

 ——タルサス星でも名探偵の相方はワトソン君なのか。


「てか、体操服見つけたら、お前匂いをかぐってこと?」


「え、てか、そりゃあ、そうでしょ」

 きょとんとした顔で、僕の顔を見つめ返した。


「……それは、ちょっと、ただの変態なんじゃないの?」

「そうかなあ。」

 ドン引きした僕の言葉に、真面目に答える大和がおかしかった。


「まあ、それで見つかったとしても、捜査方法は誰にも言えないよな。」


 大和は鼻をくんくんとさせながら、碧陽祭の装飾が施された校門の方へと足早に向かって行った。僕は傘を回しながら、その後を追った。



 僕たちは校門を出て、身延線みのぶせんの線路に沿って“捜索“を続けていた。

 相変わらず大和は鼻をくんくんさせている。

 いつもの帰り道とは少し違う道だ。青々とした稲はいつの間にか僕らの膝よりも高く伸びている。右手には身延線、左手には田んぼをはさんで、医学部のキャンパスが遠くに見える。御坂山地の山並みには厚い雲が垂れ込め、富士山の頂上はその奥にすっかり隠れている。


「雨で、匂いが消えているけど、こっちかな。。。」

 大和が独り言のように呟く。


「俺は、こっちだと思うよ。名探偵先生」

 冗談めかして言いながら線路沿いの農道を歩いていた。


 甲府中央高校の生徒達を乗せた身延線が、がたごとと音をさせながら、南へ通り過ぎていった。電車の音が遠ざかり、近くの踏切の音が止んだ。

 田んぼの稲のざわめく音だけが、静かに風に揺れて残った。


 ふと、大和が立ち止まった。


「……汗と砂の匂いがする」

 大和が呟いた。

「そんなわけないじゃ…」

 僕が引き攣った笑いを浮かべながら、言うのと同時に、大和は走り出した。

「お、おい、ちょっと」

 大和が向かった先の田んぼの端には、農業用資材が置いてある古びた小屋があった。そのかげにある側溝の傍に大和は膝をついた。迷うことなく、泥水で満たされた側溝の中に腕をつっこんだ。


「あった……」


 大和は側溝の泥の中から、赤と白の巾着袋を引っ張り出した。

 巾着袋は泥だらけだったが、かろうじて読める刺繍には「あめみやはるか」と書いてあった。


 得意げに口元をぬぐった大和の顔には、泥がついていて、まるで口髭のようだった。その顔た瞬間、映画で見たことがある名探偵が、事件を解決したシーンが頭に浮かんだ。


「すごいじゃん、ホームズ先生……」

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