第8話 雨の匂い

 教室の窓を打ちつける雨音が、強くなっている。

 翌日、雨宮春風あめみやはるかの体操服紛失事件の噂は、燎原の火のように学年全体に広がっていった。


 噂をまとめるとこうだ。


 ——午前の二限目体育の時間のときに着替えた後、巾着袋に入れて、リュックの中にしまっておいた。そのあとは、授業や教室移動のときにはリュックを離れることはあったが、確認はしていない。放課後は教室を離れて碧陽祭へきようさいの準備をしていたので、リュックは触ってはいない。

 そして、帰るときになってリュックに入れた体操服が巾着袋ごと無くなっていることに気づいた。

 どうも、教室移動のときか、碧陽祭の準備中に何者かが、三組の教室に忍び込み、雨宮の体操服を「拝借」したのだろう。それが二日前の出来事。

 そして、昨日、雨宮と仲のいい名取紗奈なとりさなが僕たちのクラスにもその噂を持ち込んだ。


「絶対、犯人がいるよね。だって春風かわいいもん。」

 名取紗奈が、自慢の髪をくるくると回しながら、弁当を一緒に食べていた僕たちに、「雨宮春風体操服紛失事件」のあらましについて、滔々と喋っていた。


 紗奈は僕達と同じクラスだが、三組の雨宮とは幼なじみで、何かと一緒にいることが多い。女バスのキャプテンで気が強く、グイグイくる感じが、僕は少し苦手だ。大和はもっと苦手だろう。

 

 僕たちも噂では知っていたので、話半分に紗奈の話を聞いていたら、紗奈は語気を強めて言った。


「ねえ、ちょっと、遼も心配してあげなさいよ。同じ陸上部でしょ?」


 ——同じ陸上部だから、心配しなくてはいけない理由ってあるのだろうか。


 大和は、顔もあげず、黙ってタコさんウインナーを口に入れた。


「え、だって、俺ら関係なくね?雨宮はかわいそうだし、なんか気持ちいいもんじゃないけどさ。」


 僕は、大和に同意を求めるように視線を向けた。大和はそんなことは意に介さず、卵焼きを頬張った。


「あー、そうやって、ごまかして、体操服盗んだの、アンタらだったりして」


「そんなわけないだろ」

 馬鹿馬鹿しかったが、そこは否定しておかないといけない。でも、雨宮の思い違いじゃない限り、確かに盗んだやつがどこかにいることは間違い無いだろう。


「田中とかも、怪しいよね。なんか、さっきからずーっと黙って弁当食ってるし。こないだも春風のこと見てたの知ってるんだから」


 紗奈が大和の弁当箱を、持っていたボールペンでコツコツと叩きながら言った。

 その音が、やけに耳障りに感じた。


「いい加減にしろよ!」

 自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。

 ざわざわしていた教室が、しんと静まり返る。大和はその平たい顔の真ん中にある目をまん丸にしてフリーズしていた。


「ふーん、そうなんだ…」

 予想外の僕の声に気圧されたのか、その言葉だけ残して、教室をでていった。


 再び教室はざわめきを取り戻し、雨音は一層強くなった。それと対照的に無言で弁当を食べていた。大和がポツリと言った。


「なんか……。ごめんね。」

「ん?何が?」

 僕は顔をあげて聞き返した。


「遼が、あんな顔すると思わなかった。」

「そりゃ、怒るでしょうよ。友達のことあんなふうに言われたら」

 うつむいていた大和も少し顔をあげた。


「へへ、そうだよね。」


「ダメだったかな?」

 と僕が言う。


「そんなことないよ。」

 大和は照れくさそうに笑いながら、食べ終わった弁当箱の蓋を閉めた。


「あのさ…僕、犯人探せるかもしれない…」

 大和がポツリと声を落としてつぶやいた。


「え?どうやって?」

 僕はびっくりして聞き返す。


「ほら、あるじゃん。コレ。タルサス星人の」


 大和は顔の真ん中にある、団子のような鼻を指差した。


「あ、なーるほど……。」


 僕と大和は、顔を近づけて一緒にニヤリと口元を歪めた。

 いつのまにか教室は、お昼休みのお弁当のにおいから、再び雨の日特有の湿ったにおいにつつまれていた。

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