第2話 瓦礫の中の戦闘
夜が明けきる前、
我々は住宅街の外れにある三階建ての煉瓦造りの家に陣を取った。
屋根は半壊、内部は煤と埃にまみれている。
それでも、風を防ぎ、身を隠せる場所があるだけで贅沢と言えた。
隊の構成は五名。
私、少尉クラウス・エッケルト。
伍長ヘルマン・ヴォルフ。
新兵フェルナー。
射撃兵カール・シュナイダー上等兵。
そして通信兵エルンスト・ハルトマン。
シュナイダーは冷静沈着で、いつも口数が少ない。
彼はオーストリア出身で、元々狩人だったという。
ZF41スコープ付きのKar98kを磨く姿は、まるで祈りでもしているかのようだった。
「人を撃つことより、鹿を撃つ方が気が楽だな」
そう言って微笑んだ顔が、朝の灰色の光の中で妙に静かだった。
通信兵のハルトマンは19歳。
受信機を背負い、細い腕でコードを整理している。
「電波が安定しません、少尉殿。建物が多すぎるのと……ノイズがひどいです」
「問題ない。連絡がつかなくても我々は持ち場を守るだけだ」
そう言ったが、胸の奥には不安が巣を作っていた。
午前七時、霧が徐々に薄れ始めた頃だった。
ヘルマンが小さく手を挙げた。
「敵影、右の通り角。三十メートルほど先。三人」
私は頷き、全員に身を低くするよう手で合図した。
窓の隙間から覗くと、
赤い星章をつけたソ連兵が瓦礫を越えて進んでくるのが見えた。
迷彩もへったくれもない、泥と血に染まった外套。
動きは慎重だが、数は多い。後方にも影が揺れていた。
「距離は、25m。撃てる」
シュナイダーが囁く。
「まだだ。まだ撃つな。全員が視界に入ってからだ」
息を殺す。
汗が首筋を伝い、M35スチールヘルメットの縁から落ちる。
心臓の鼓動が鼓膜の奥で延々と響いていた。
先頭のソ連兵が倒れた壁の影から身を乗り出した瞬間、私は短く命じた。
「撃て!」
銃声が朝の住宅街に広がる静寂を、瞬く間に裂いた。
シュナイダーの1発が一人の胸を貫き、私のKar98kが二人目の腹を撃ち抜く。
敵は慄いて叫び声を上げ、発狂しながらPPsh-41を乱射して反撃。
瓦礫が飛び散り、壁が崩れる。
そして跳弾が私の頬を掠め、少し抉る。
「ハルトマン、援護要請を!」
「クソっ!駄目です、通信が……」
その瞬間、頭上で何かの爆発が起こった。
粉塵と木片がまるで雨霰の如く降り注ぐ。
フェルナーが悲鳴を上げて倒れた。
腕を押さえている。
軍服の裏からは、血が滲んでいた。
「大丈夫だ、かすり傷だ!」
ヘルマンが叫び、彼を壁際へ引きずる。
私はKar98kから肩に下げていたMP40に即座に切り替え、
窓の下からこれでもかと連射した。
9mmの強装弾が瓦礫に跳ね返り、粉塵と硝煙が一体になって視界を奪い去る。
ソ連兵たちは散開し、裏路地へ回り込もうとしていた。
「ヘルマン、左側面を頼む!」
「了解!」
彼がM24型柄付手榴弾の柄の端にあるキャップを外して投げた。
M24の長い柄が回転しながら弧を描いて飛び、爆炎とともに敵の姿を消し飛ばす。
爆風で窓枠が吹き飛び、冷たい風が部屋に流れ込んだ。
シュナイダーが次弾をZF41スコープ付きKar98kにクリップ装填しながら言う。
「これで終わりじゃない。奴ら、偵察なんかじゃない。主力の先触れだ」
私は頷き、地図を広げた。
確かに、我々の持ち場は工業地帯の防衛線の丁度“継ぎ目”にある。
ここを突破されれば、工場地帯の西端が丸裸になる。
支援は期待できない。
つまり──我々だけで持ち堪えねばならない。
瓦礫の影から、再び銃声が轟いた。
連続する短く、繋がった長い一つの破裂音に聞こえる程の高速な発射レート。
ソ連軍のPPSh-41の音だ。
フェルナーが怯えた声で言った。
「あぁ、もう来る……また来ます!」
私はKar98kを握り直し、答えた。
「来させろ。ここで止める。それが我々の任務だ」
敵の影が近づく。
瓦礫の街は再び、火と鉄の嵐に飲み込まれていった。
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