第8話 ひと夏の思い出【月見ねむ視点】
「はい、ありがとうございます。それでは」
「うん、またね」
私――月見ねむは小さく手を振りながら帰路につく光夜くんを見送った。
光夜くんが保健室を出ていったのにまだ心臓がバクバクうるさく鳴っている。
気づかれてしまうんじゃないかと思って、かなり焦った。
「この時のこと、覚えてないみたいだね」
引き出しの中に隠した写真を取り出し、眺める。
そこに写るのは、中学一年生の頃の私と、当時小学二年生の男の子。
光夜くんは、この頃から優しかったんだよね。
二人で遊んでいるときに野犬が出てきて吠えてきても、私の前に立って野犬を追い払ってくれたこともあったなぁ。
自分だって怖いはずなのに、震えながらも私のことを守ってくれたんだよね。
でも、光夜くんはそのことも覚えてないんだろうな。
ホッとするのと同時にすこし寂しさも感じた。
「ふふっ、昔から良い笑顔で笑うなぁ」
写真を見つめながら一人で笑ってしまう。
こんな状況を見られたら変人扱いされてしまいそうだ。もしかしたら、不気味がられるかも。
気を付けないと。
こういうのは、家で一人のときだけにしなきゃね。
「でも、まさかソフレになるとは思わなかったなぁ……ふふっ♡」
今の私と光夜くんの関係は、先生と生徒の関係でありながら、添い寝フレンドという変わった関係でもある。
そして、そんな私たちは昔、一緒に遊んでいたことがある。
私が中学一年生の頃の夏休みだった。
家族で軽井沢に旅行に行ったのだ。祖父母が住んでいたから、そこに泊めてもらい、約一か月間、軽井沢を遊びつくしたことを覚えている。
そこで出会ったのが、光夜くんなのだ。
祖父母の家の近くの川で涼みながら、泳いでいる魚を捕まえられないかなぁと考えているときに目の前にいた小学校低学年の虫取りをしていた少年が持っていた虫取り網で素早く泳ぐ魚を上手く捕まえたのをよく覚えている。
私がジーっと見ていたことに気が付いた少年――光夜くんは「いる?」と捕まえた魚を一切の
その日は、光夜くんと日が暮れる直前まで川の周りで遊んだ。
そして、それは次の日も、そのまた次の日も続き、結局一か月間のほとんどを共に過ごした。
だけど、もちろん軽井沢に居られるのは夏休みの間だけなのだから、別れの日も来る。
軽井沢に居られる最後の日、私は二人の思い出が詰まった川の前で両親に写真を撮ってもらった。
それが、私が机の上に飾っていたこの写真というわけだ。
「たしか、光夜くんも旅行で軽井沢に来てたんだっけ」
だから、この学校で光夜くんがこの前――保健室を始めて訪れた時、私は本当に驚いた。心臓がとびれるんじゃないかと思ったし、運命を感じた。
その生徒が光夜くんだとすぐに分かった。
雰囲気が昔とそっくりだったから。まあ、不眠症のせいで体調は悪そうだったけど。
さらに、住んでる部屋が隣同士だったのにはもっと驚いた。
これで学校外でも会えるかも! って、飛び跳ねるくらいうれしかったのを覚えている。
そして、そのまま流れで部屋の中に招いて、添い寝フレンドになったんだよね。我ながら凄いことしちゃってるなぁ。
「この写真、見られてもいいんだけど、できればこの写真を見ずに私のことを思い出してほしいなぁ……なんて」
光夜くんが思い出してくれる確証はない。
だけど、心のどこかで気づいてくれると信じている自分がいる。
(私って、本当に面倒な女だよね……)
光夜くんはお礼を言うために来ただけって言っていたけど、この写真のことが気になっているように見えた。
だから、もしかしたら近いうちに私と昔一緒に遊んだことを思い出してくれるかもしれない。
それが自分で急に思い出すのか、周りから情報を得るのかは分からないけど、この写真を見ずに思い出してくれると信じている。
「思い出したら、どういう反応をするんだろう」
一人で「ふふっ」と笑いながら写真を机の上に飾りなおした。
「あっ、今夜も部屋に来るかもしれないから早く帰らなきゃ!」
残った仕事を素早く終わらせて、私も帰路につく。
光夜くんのことを考えながら家までの道を歩いていたのだが、あることに疑問を抱いた。
光夜くんが不眠症だったから、添い寝フレンドになれた。
だけど、そもそもどうして不眠症になったのだろう。何度も話はしているけど、その原因については聞けたことが無い。
原因が分かれば対処法も見つかるかもしれないのに。
「なにかトラウマとかかなぁ? 光夜くんの助けになってあげないと」
帰宅してからも、ずっとそのことが気になり本棚に並ぶ大量の本の中から不眠症などのことが記載されているものを数冊手に取り、調べたが、やはり不眠症の原因が分からないことには対処法も見つからない。
「今夜も来てくれるといいんだけど」
不安に思いながら、光夜くんが今夜も部屋に来てくれることを心の底から願った。
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