第7話 机上の写真
「やっぱり、同じ匂いがする……」
あかりはスンスンと俺の首元の匂いを嗅ぐと、ねむ先生と俺の顔を交互に見てそう言った。
これは流石にゲームオーバーかと思ったが、そこで助け舟を出してくれたのはねむ先生だった。
「そうなの!? もしかして、私と同じ柔軟剤使ってたりするのかな? 最近新しく出たテレビでCMとかもやってる花の香りの柔軟剤なんだけど」
「そ、そうなんですよ! 最近スーパー行った時に見つけたから買ったんですけど、予想以上に好みの匂いだったんですよ~」
「この匂い良いよね~、あはは……」
ねむ先生は明らかにぎこちない笑顔になってしまっているが、あかりは先生と俺の会話の内容を信じてくれたようで、納得した表情になっている。
「そういうことかっ! 私にもその柔軟剤教えてくださいよ~、先生~♪」
「う、うんっ! これなんだけどね……」
ねむ先生はスマホでその柔軟剤を調べて、あかりへと見せていた。
あかりは「今日の帰りに買いに行ってきますっ!」と嬉しそうに宣言していた。
もう流石にバレてしまうかと思ったけど、何とかなってくれて本当に良かった。ねむ先生のお陰だな。
あと、あかりじゃなかったらバレていたと思う。
それくらいねむ先生と俺の演技は下手だった。
「あ、もうこんな時間! 光夜、早く教室に戻るよ!」
「お、おう」
「先生もありがとうございました! また来ます!」
話しているうちにいつの間にか時間は過ぎていたらしく、気が付けば予鈴が鳴る数分前になっていた。
俺とあかりは急いで教室へと走って向かった。
普通の先生なら「走るな」と注意するところだろうが、ねむ先生も内心ヒヤヒヤしていたのか見逃してくれた。ただ俺たちに優しい笑顔を向けて手を振るので精一杯だったようだ。
♢
放課後。
俺は再び保健室へと足を運んだ。
あかりは宣言通り走ってスーパーへと向かって行った。同じ柔軟剤を見つけられるといいな。
あと、俺もその柔軟剤を買わないとな。
急に今日と違う匂いになっていたらまた怪しまれるかもしれないし。
「失礼します」
「はーい、どうぞ」
保健室に入ると、ねむ先生は俺の背後を何度も確認した。
「どうしたんですか、ねむ先生」
「その呼び方をしてるってことは今回は一人で来たんだよね?」
「はい、そうですけど」
「よ、よかったぁ~」
俺が一人で来たと分かると、安堵したような表情になった。
あかりと話しているとそのうち俺との関係がバレてしまいそうだと恐れているのだろう。その気持ちは理解できる。
あかりは、騙されやすそうなところはあるのに、妙に勘が鋭かったりするから一瞬たりとも気が抜けないんだよな。
「昼は大変でしたよね。幼馴染が本当にすみません」
「ふふっ、いいのよ。バレないかずっとヒヤヒヤだったけどね」
「あいつ、妙に勘が鋭いんですよね」
「本当に怖かったよ~」
ねむ先生はあかりの前で見せていたようなピシッと背筋を伸ばした先生としての姿ではなく、今は机の上でぐでっと体を預けていた。
まるで一日の終わりに電池が切れたみたいな姿だ。
「お疲れ様です」
「うん、ありがと」
微笑ましく思いながら、ねむ先生を見ていると、机の上に一枚の写真が飾られているのに気が付いた。
よく見えないけど、中学生くらいの女の子と手を繋ぎながらピースをしている小学校低学年くらいの男の子の写真。もう少し近づかないと写真に写っている顔が見えないな。
女の子の方は雰囲気的に今のねむ先生と似た感じがあるので、恐らく中学生時代のねむ先生だろう。だけど、男の子のほうはよく見えない。
見たところで俺の知らない人だとは思うけど、少しだけ気になってしまう。
それと、その写真の背景には川があるのだが、何故か懐かしさを感じてしまう。
「ねむ先生」
「ん、何?」
「その写真の――」
「あっ! 待って!」
ねむ先生は急にバッと起き上がり、俺の言葉を遮りながら写真を引き出しの中に隠した。
え、どういうことだろう。
机の上に飾ってあるくらいだし、人に見られちゃマズいような写真じゃないだろうし……。
このねむ先生の反応、明らかに怪しい。
他の人には見られても問題ないけど、俺には見られちゃいけないもの……とか?
そんな写真じゃないと思うんけどなぁ。
どうしてあんなに焦って、写真を隠したのか分からない。
ただの子供の頃の写真じゃないのか……?
「なんで隠したんですか?」
「い、いやぁ……その~……」
「見られちゃマズいのに机の上に飾ってたんですか?」
「別に見られちゃマズいわけじゃないけど……ちょっと恥ずかしいから……かなっ!」
「……めっちゃ怪しいですけど、見られたくないなら仕方ないです。その理由で納得しておきます」
「あ、ありがと。いつか必ず見せるから、それで許して」
「絶対ですからね」
「…………うん……たぶん」
見せたくないものを無理やり見るのも良くないと思い、諦めることにした。
人には言えない秘密の一つや二つ必ずあるものだ。
「まあ、いいですよ。俺がここに来たのは昼のお礼を言うためですし。それ以外の目的はないので」
「そうなの?」
「はい、なのでそろそろ帰りますね」
「あ、うん。また眠れなかったら私の部屋に来ていいからね」
「はい、ありがとうございます。それでは」
「うん、またね」
ねむ先生の言葉に甘えたくなるけど、一人でも眠れるようにしないとな。
そんなことを考えながら帰路についた。
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