【怪談】長い夏休み

スター☆にゅう・いっち

第1話

 避暑地の山は、真夏でも涼しい風が吹いていた。木々の間を抜けてくる空気には、街にはない澄んだ匂いが混じっている。

 私は休暇を兼ねてひとりで山道を歩いていた。人影も少なく、耳に届くのは蝉の声と自分の足音だけ。


 ──そのときだった。


 少し先の木立の間に、二人の子どもが見えた。兄弟のようだった。麦わら帽子に半ズボン、白いシャツ。肩に網をかけ、夢中で蝉を追いかけている。

 まるで昭和の絵葉書から抜け出したような姿。今の時代には似つかわしくない服装に、私は一瞬立ち止まった。


 「……あれ?」


兄のほうが声をあげて笑い、弟が追いかけていく。網を振り上げながら林の奥へ。私は妙な違和感を覚えながらも、無意識にその後を追った。


 しかし──角を曲がった先には、誰もいなかった。

 道はそこで途切れ、雑木林が広がっているだけだった。


 胸の奥がひやりとした。


 私はその夜、宿の食堂で女将に何気なく尋ねた。

 「この山で、小さな子どもを見かけたんですが……」


 女将は少し顔を曇らせた。

 「もしかして、兄弟でしたか?」


 私は驚いてうなずいた。

 女将は声を潜めて語った。


 ――昭和四十年代の夏、この山に遊びに来ていた家族がいた。兄弟は蝉取りに夢中になり、いつの間にか道に迷ってしまった。必死の捜索の末、数日後に遺体で発見された。

 以来、この山では二人の姿を見たという話が絶えないのだと。


 「子どもたちは、今も夏休みの続きをしているのでしょうね……」


 女将の言葉が耳に残った。


 その夜、布団の中で目を閉じると、蝉の声に混じって、あの兄弟の笑い声が耳の奥に届いた。

 私はそっと手を合わせるような気持ちで、彼らの冥福を祈りながら眠りへと沈んでいった。

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【怪談】長い夏休み スター☆にゅう・いっち @star_new_icchi

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