第4話 望まぬ迎え
「待って!」
僕は叫んで飛び起きた。
「ウノ!大丈夫!?」
僕はベッドにいて、ミナハトが横に立っていた。
「僕、どうしたの?」
ミナハトは僕の両手を包み込むように握った。
「突然倒れたんだよ。びっくりしたよ。横にいたから何とか支えて、静かに横にできたけど」
「え?倒れた?」
「調子悪かったんなら、言ってくれないと。今日はこのまま寝ときなよ」
僕は倒れたとされた直前のことを思い出した。
「ミナハト、些細な事だけど思い出した」
「え⁈」ミナハトはこちらが驚くほど驚愕し、握った手は痛いほどだった。
「ミナハト、手、痛い」
「あ、ごめんごめん。何を思い出したの?」
「僕は、タマラン王国の国章を知っている。国章の入った手紙を貰ったことがある」
ミナハトは黙っていたが、「ちょっと待って」と部屋を出て行った。心なしか声が震えていた。
戻ってきたミナハトは包みを抱えていた。
それを僕の膝の上で広げた。
細かい意匠の入った銀色の短剣とペンダントトップに国章が入った青い石が付いた金のネックレスだった。
「これは?」
「両方とも近くに落ちてた。どちらも国章が入っている。君の物か、盗んだものか分からなくて。ウノの格好が普通だったから」
「シグネチャル国のだ…これは」
「僕のだ。父から貰ったんだ。故国を忘れないようにと」
溢れてきた記憶に混乱する。
「わかってた。ウノが盗んだりしてないって。でも」
ミナハトが鼻を啜る音を立てたので見ると涙を流していた。
「ミナハト。どうして」
「僕はウノに一目惚れしたんだ。君はとても美しくて、優しくて、ひたむきで。記憶を失ったって聞いて、一緒にいて欲しくて、これを隠す事にしたんだ。でもいつも気になっていた。」
「ミナハト。僕は君が良い人だって知ってるよ」
「ごめん、ウノが記憶が無くなって苦しんでいたのはわかってた。君が遠くを見つめる度に不安だった。ここに居るべき人じゃないって、認めたくなかった」
ミナハトは涙を服の袖で拭った。
「愛してる。卑怯な僕だけど、そばにいて欲しい。帰らないで」
懇願に僕はどう答えたら良いのか分からなかった。
でも、一つだけはっきりしていた。
「僕もミナハトが好きだ。一緒にここで暮らしたい」
「ウノ、知りたくないけど、本当は誰なの?」
思い出した。思い出してしまった。
「僕はシグネチャル王国の第一王子のジョゼルカ・ミエル・シグネ。タマラン王国へ留学するためにシグネチャル王国を出た。その後ヤヘルファン王子と結婚するためだ。でも途中で盗賊団に襲われて捕まり、ずっとそれらの家で暮らしていた。手入れが入って頭領だったハウルレンと逃げる途中で、足を踏み外して…」
「そんな高貴な人だったなんて」
再びミナハトは泣き出した。
「王子なんて、平民の僕とは雲泥の差じゃないか。よりによって、なんで」
「関係無いよ!僕はミナハトと生きる。ヤヘルファンには諦めてもらうように話をする」
「駄目だよ、相手が悪過ぎる。ヤヘルファン王子は一度決めたことは絶対曲げないし、執念深いって聞いた。ウノを諦めることなんて無いよ」
僕達は抱き合い、ベッドに倒れ込んだ。
「でも、ウノ、ジョゼルカ王子様が好きなんだ」
「ジョゼって呼んで?僕もミナハトが大好きだよ」
初めての口づけを交わした。ちょっとしょっぱかったが、何度も重ねるうちに気にならなくなった。
その時、家の戸を激しく叩く音がした。
「誰だろう?」
僕達は渋々起き上がって身支度を整えると、ミナハトが扉を開けに行った。
そこにいたのは村長の息子で、走ってきたのか汗をかいて息切れしている。
「ウノはいるか?」
切羽詰まったように中を覗き込む。
「居るよ?どうした?」
「王都からお役人が二人も来て、お前を連れてきて欲しいって!」
「僕を?」
王都からの役人と聞き嫌な予感しかしない。
「一緒に行くよ」
ミナハトを見ると僕より先に覚悟を決めたように冷静だ。
3人で村長の家へ行き、今まで入ったことのない客間に案内された。
そこには二人の男が部屋の中程に置かれたソファに座っていたが、一人がスッと立ち上がった。
「ジョゼルカ!」
あっという間に男に近寄ってきた男に抱きしめられた。身長が高くて僕は頭一つ近く下なので苦しくなって、胸を押し返すと、少し離れて顔を覗き込まれる。
懐かしい赤い目だ。涙が滲んでいてキラキラと輝き、瞳孔が開いていた。
「ヤヘルファン⁈」
「ヤヘルファン王子殿下⁈」そこにいた村長とその息子が飛び上がらんばかりに驚いた。
ミナハトは青ざめて押し黙っている。
「ああ、探したぞ!ジョゼルカ!やっと見つけた!なぜ連絡を寄越さなかった?」
わざわざ本人がやって来るとは!税徴収の役人が知らせたのだろうか?
「僕は盗賊団に捕まって、その後記憶を無くしてこの村に来たんだ」
「なんて不運なんだ。でも、安心しろ。強盗団は全て壊滅させた。ジョゼルカ、もう絶対に離さない」
そのままキスされようとしたので慌てて突っぱねた。
「待って、僕は好きな人ができた。だから、婚約が有効なら解消して欲しい」
「何を言ってる?記憶が無くなって、気弱になったのを付け込まれただけだ。最初から僕達の結婚は決まっている」
「そんな事は無い!僕は―」
「ジョゼルカ、僕のせいで盗賊団に襲われたから、そんな事言うのか?」
「違うよ、あれは運が悪かったんだ。でも、2年も捕まっていて、悪事には加担しなかったけど、仲間になっていたのは違いない。そんな僕との結婚なんて、外聞が悪過ぎて無理だよ」
「単に捕まっていただけなら同情されるだけで、何とでもなる。してみせる」
「駄目だよ、それにここに一年いてわかったんだ。僕は王族として生きていけない。平民としてここで暮らしたいんだ」
「ジョゼルカ!」
肩を痛いくらいに掴まれ、引き寄せられて耳元で囁かれた。
「そんな理由で許可できると思っているのか?この村には褒賞と優遇を与えようと思っている。だが、お前がここに居続けたいなら話は別だ。いらぬ心残りは村ごと消しても良いんだぞ?」
「そんな!」
ヤヘルファンが優雅に微笑んだ。
「お前次第だ」
僕はミナハトの方を見たかったが、恋人と分かったら何をされるか分からない。
ヤヘルファンの赤い目の奥は決して己を曲げない強い意志を表していた。
権力のある人間として、自己の欲望を叶える為に、時に横暴に振る舞っても構わない、許されると考える人だ。
涙が滲んできたが何とか耐えた。ミナハトに泣き顔は見せたく無かった。
ミナハトの方を向いて、にっこりと笑顔を見せた。
「今まで世話になりました。助けてくれてありがとう。一生忘れません」
両手を伸ばしてミナハトの手を握った。
お互い手が震えているのを隠す為強く握りしめ、2、3回振ると手を離した。
「恐れ多い事です。僕も一生の思い出にします」と頭を下げる。
「ありがとう、村長。この村のことは忘れない。褒賞を渡そう」
「ありがたき幸せでございます。タマラン国とヤヘルファン王子殿下に忠誠を誓います」
村長と息子は深々とお辞儀した。ミナハトも倣う。
「行きましょう」
ヤヘルファンの側に行く。もう振り返れない。顔を見ると泣き叫んで縋りつきたくなる。
僕はシグネチャル国の王子で、ヤヘルファンと結婚する為に国を出た。過程はともかく、タマラン王国に行くのは決定事項だ。心の中で必死に言い聞かせる。
悲しくて胸が張り裂けそうだ。
心から愛する人を見つけたのに、離れなければならない。この気持ちのまま他人に嫁がなければならない。忘れる事ができるのだろうか。こんな強い想いを、初恋を抱いて、この先過ごすことができるのだろうか?
豪華な馬車に乗り込んだ僕は、ヤヘルファンに肩を抱かれながら、目を瞑った。
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