第5話 王宮での生活

朝に村を出て、昼過ぎに王都にある城に着き、三階のヤヘルファンの部屋の隣に誂えられた部屋に案内された。

ミナハトの家とは比べ物にならないほど広く、全部を足してもまだまだ大きい部屋だった。

明るい茶色の調度品が並び、壁には風景画やタペストリーがかけられている。


どっしりとしたカーテンの向こうを見ようと開けると、花の咲き乱れる庭が見えた。窓は開かず、鉄格子が付けられていた。

ここに一人で居なければならないと思うと、薄ら寒さを覚えるほどだった。


「疲れただろう。取り敢えず湯浴みをして、一緒に食事をしよう」

ヤヘルファンは上機嫌で僕の頬にキスすると、部屋に待機していた侍女に申し付けた。


「風呂なら一人で入れます」と言ったが、侍女が懇願するように手伝いを申し出るので、やむ無く付き添ってもらった。


何年かぶりに人に身体を洗ってもらうと、恥ずかしくて変な感じがして、必死で耐えた。

「ヤヘルファンが待ってるだろうから」と断ろうとしたが、出ると身体にオイルを塗られ、マッサージまでされる。


上質な服を着せられ、真っ赤なルビーの付いたイヤリングやネックレスを勧められたが、断った。

ヤヘルファンを想起させるものは嫌だった。


髪まで整えられ、やっと食堂に行くと、ヤヘルファンが待ち構えていた。

「これを」

ヤヘルファンが近寄った侍従が捧げた盆から指輪を取り、僕の指にはめた。


ルビーが付いた金の指輪だ。

「本当はジョゼが留学して来る時に渡そうと作らせた物だ。やっと念願が叶って嬉しい」

僕は何の感情もなく見ていたが

「どうだろうか?」

と聞かれ、はっとして

「綺麗ですね、ありがとうございます」

と反射的に礼を言った。


ヤヘルファンはかすかに眉を顰めたが、気を取り直して席まで案内した。

昼にしては豪華な食事だったが、よく見るとシグネチャル料理が多い。

こんな時でもミナハトと食べた、ハムと溶けたチーズの乗った固いパンを思い出していた。


食事は故郷の料理だからと感慨深くもなく、あまり味がしなかった。

会話も無く義務的に食べ進め、終わってからの紅茶を飲む頃にヤヘルファンが口を開いた。

「故郷の味を再現させたが、あまり美味しくなかったか?」

「いえ、ここで故国の料理が食べられるとは思わなかったので。美味しかったです」

作った微笑みを浮かべながらヤヘルファンを見る。

「そうか」


ヤヘルファンは赤い目を煌めかせてジョゼルカを見つめる。

後ろめたくて思わず目を伏せてしまった、


「婚約発表だが」

ビクッと身体が震えた。

「3ヶ月後を目処に衣装の制作を始めさせている。前より体型が変わっているから新たに作る。この後仕立て屋を呼んでいるから部屋で待っていろ」

「はい、そうですね。身長も伸びましたし」

「そうか。私も背が伸びたし筋肉も付いた。イメージが変わったろうが許せ」

「気にしてません。会ったのはだいぶ昔ですし」

「ジョゼは変わらない。酷い目にあっただろうが、純粋なあの頃のままだ」


何が純粋だ。その言葉は感情の琴線に触れた。僕はそうあったことは一度もない。

「純粋…?そう見えていたのですか。あの頃の僕は、自国の立場からあなたの申し出を受け入れざるを得なかった。今回はアイル村の為、あなたに従いました。僕自身の希望でここに来ようと思った事はありません」


僕は紅茶を飲み干すと立ち上がった。

「気分がすぐれないので先に休みます」

ヤヘルファンの顔は見ずに早足で食堂を出て行った。

閉まった扉に打ちつける音がしてガラスの割れた音がした。

おそらくヤヘルファンが怒ってグラスを投げつけたのだろう。


あれから6年経った。僕は変わってしまったのに、ヤヘルファンは認められないのだろうか。

部屋へ戻ったが落ち着かない。言った通りに、服のままベッドの上に転がった。

「殿下、お休みになられるのなら、お着替えを」

部屋に居た侍女が寝巻きを持ってきたが、断った。

「後で庭園へ行きたいから、このままで良い」


「それは、ヤヘルファン殿下の許可が必要です。伺ってきましょう」

「庭ならこの城の中と一緒だ! そんなものは要らない」


侍女は困った風な顔で言った。

「殿下は、あなたを失う事を極端に恐れております。行方知れずの間、どれだけご心配されたか!新たに打ち出された御政策はほとんどジョゼルカ殿下の為です。ヤヘルファン殿下にご安心頂くために、常日頃からジョゼルカ殿下の状態を把握しておきたいと考えているのが、我ら全員の絶対の意向なのです」

「…承知した。早く許可をもらってきて」

侍女は頭を下げて部屋から出て行った。


「慣れることができるのだろうか」

寝返りを打ったが、身体が重い。

「会いたいよ、ミナハト」

がらんとした誰もいない部屋に、僕の声が響いた。



ノック音がして侍女が入ってきた。

「衣装の採寸がしたいと仕立て屋が参りました。その後ご散策を共にしたいと殿下が」

「庭はもう良いよ、衣装部屋だね?行くよ」

僕は気だるく起き上がった。

「公務でもないのに、何故ここまで制限するんだ。ここから逃げられるわけないだろう」


ノロノロと衣装部屋へついて行くと、中では大きな布の上に色とりどりの衣装の見本が広げられ、既にヤヘルファンが来ていて熱心に見ていた。

「この青はいいな。デザインは、このレースを取り入れたい。ジョゼルカ、服色の希望はあるか?白も赤も似合う」


「黒で」

僕は黒地に銀の糸が織り込んである服を指差した。

「ふふ、織り方は良いが、黒は駄目だ。そうだ、明るい灰色に銀糸の織りを入れよう。ルビーのネックレスも映えるだろう」

僕は全身を測られ、アクセサリーを選ぶよう言われたがヤヘルファンに任せた。どうせルビーだ。


ヤヘルファンが、閣議が始まると呼ばれて、渋々退室した。

僕はこっそりと宝石を持ってきた商人に問うた。

「青色と黄緑色の宝石はある?」

商人は微笑んで

「ございますとも」

と、トレーに袋から宝石をざっと10個ほど出した。

「青ならサファイア、黄緑ならペリドットがよろしいかと存じます」


僕は太陽の下の若草のようなミナハトの目を思い出した。青々とした小麦畑の前に立つ風景も見える。

震える手で小さめなのを一つずつ摘み、「これだけでペンダントトップを一つ作ってネックレスにしてくれ」と頼んだ。

「ヤヘルファン殿下には内密にして欲しい。僕は本当はこの色が好きなんだ。殿下はルビーばかり選ぶから言いにくくて」

「わかりました。次回お持ち致します」


僕のささやかな意思表示だ。我ながら未練がましいが、一つくらい思い出として僕の物が欲しかった。


後日、ルビーの付いたイヤーカフと共にネックレスも届けられた。

僕はイヤーカフは耳にはめ、サファイアとペリドットのペンダントトップに口付けすると、ベッドサイドのチェストの奥深くにしまった。


知らないうちに涙が頬を伝っていた。アイル村が懐かしい。ミナハトは僕のことを諦めて忘れてしまうのだろうか。

過去のことだと割り切ることなど、忘れることもできない。僕の心にはミナハトが住み着いてしまった。


ヤヘルファンは僕には優しいが、あくまでも自分の保護下に於いて、思い通り動かしたいだけだ。ヤヘルファンを心から慕うことはできない。

タマラン国の王子だから、シグネチャル国の王子として、一生側にいるだけだ。


こんな思いのまま生きていけるのだろうか。

既に気力が無く、食事は味気なく、何を口にしても一緒で、一口でも食べるのが億劫になってきた。


言われた通り、ヤヘルファンと庭に出て、テーブルと椅子を用意してもらって座った。

毎日趣向を凝らした菓子やケーキが出るが、甘い物も喉を通らない。

アイル村での生活では、甘い物は季節の果物や、ベリージャムくらいだった。それも少量を惜しみつつ2人で分け合って食べた。


最初は進められるまま、少量を口にしていたが、何を食べても味がしない。そのうち食べなくなった。

お茶ばかり飲んでぼうっと庭の花を見ているだけだ。


ヤヘルファンをはじめ、周囲の人々が心配してくれてるのはわかっているが、自分の心がここに無いのは、どうしようもない。

「ジョゼ、僕を見てくれ」

ヤヘルファンは苦しげに僕に言うが、ちゃんと視界に入っている。

「見てますよ?」

愛想笑いをすると、ヤヘルファンは首を振った。


「お前は違うものを見ている」

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