一の御縁 絵描き女子
第一話 しごでき女神
恋の神様、なんて抽象的に言われても、あまり気にせず「あぁ、そういう神様なのね」と受け入れてしまうのは、世界広しといえど、日本人くらいではないだろうか?さすが八百万の神々が住まう国。風呂敷文化の極みといえよう。
俺が欲望を叶えてもらうために、参拝した神社は観光案内では恋の神などとキャッチーな紹介をされているが、それはあながち間違いではないが、正しいとも言えない。
というのも、そもそも神社には御祭神として祀られる神がしっかりいるわけで、当然俺が参拝した神社にも祀られている神様がいる。
それは、かつてこの国の総氏神とされる天から降臨した神の子孫に嫁いだ、土着の神の姉妹の一人だ。
天から降りてきた神は、この姉妹の妹に一目惚れをし求婚したのだが、これを姉妹の父親である山の神が大いに喜び、それでは姉も一緒に嫁にしてくれと姉妹揃って嫁がせた。
だが、天の神は花のように美しい妹だけを娶り、不美人であった姉は山の神の元へと送り返した。そんな神話がこの国には存在する。
普通に聞いてて胸糞悪い話だ。いいではないか、せっかく嫁いで来てくれたのならお迎えすればいいじゃないか。俺を見ろ。誰も寄り付きもしないじゃないか、くそ羨ましい!
だが、そんな天の神は後に思い知ることになる。山の神が姉妹揃って嫁がせたのには理由があった。妹は美しく、花が咲くように神々を繁栄に導くが、その子達は花のように命が短くなってしまう。だが、姉も嫁げば、その繁栄も岩のように永遠に揺るがなくなる。そのために姉妹を嫁がせたのに、姉を返してしまったものだから、神様なのに寿命を迎えるようになってしまった。
ザマァな展開で胸がすっきりするが、そんな神様が我々日本人の祖先に当たるというのだから、笑えた話でもない。
この神話で俺が好きなのは、ここからだ。このお姉さん、せっかく嫁いだのに見てくれが理由で実家に返されても、そんな自分の境遇から人々に良縁を授けるようになったという逸話がある。そんな愛が溢れる神様だ。
俺は岩のような顔をした女を見て思う。この岩みたいな女はその愛溢れる神様に仕えていると言っていたし、俺に縁を授けることもできるそうだが、一体どうやって縁を結ぶのか。というか、神様に仕えているということは、あの岩女も神様的存在なのだろうか。であれば、なぜあの女は俺を殴ることができたのだろうか。てっきり、神様は霊的な存在で触れられないと思っていたから、岩女の正体が気になるところだ。
そんなことをぼんやりと考えながら自宅のベッドに横たわり天井を仰いでいた。参拝後、早速岩女はいい相手を探してくるから家で待ってろというので、俺は言われた通り、こうして岩女からの知らせを待っている。
「喜べ、いい相手が見つかりそうだぞ」
突然、声がした。ここは俺の自宅。俺以外いないはずだが。部屋を見渡しても、当然誰もいるわけがない。
「おいこら、無視するな」
やはり声がする。この野太い声は岩女で間違いないだろう。部屋を見渡すと、ぬっと壁から岩女の顔が突然現れた。
「びっくりした!!なんだお前!壁すり抜けてんのか?!」
心臓が止まるかと思った。壁から真横に岩女の顔だけ生えているように見える。
「大袈裟な人ねぇ。私はこれでも八百万の神々の一柱。肉体は持ってないから壁ぐらいすり抜けられるわよ」
「あぁ、本当に霊的な存在なんですね。でも、その割には叩かれたり投げ飛ばされたりしたけど、あれはなんだったんだよ」
「そりゃ、必要に応じて物理世界に肉体を再現することぐらい朝飯前よ。神だから」
めっちゃドヤ顔している。むかつく顔で張り倒してやりたくもなるが、初対面で力の差は歴然だった。巫女装束より道着の方がよっぽど似合いそうなこの女に勝てる気がしない。
「今から動けるか?良さそうな娘がいた。行くぞ」
「仕事が早いじゃないか。すごいな、やっぱり縁結びの神様は!」
「願いを叶えると言ったでしょ。約束は守る。でも、私には縁を結ぶことはできても、その縁をどう育んでいくかはあなた次第よ。そこは忘れないようにしなさい」
「わかった。どうせ暇でやることはないんだ。その子のところまで案内してくれ」
俺は自宅を後にして、車を走らす。岩女はしれっと助手席に乗り込んで来た。
「あのー・・・・、神様も車に乗るんですか?」
「道案内しなければいけないからな」
「すんごい親切!でも、さすがにその格好は目立ちませんか?巫女装束のまんまですよね」
「心配ご無用。私の姿はお前にしか見えていない。安心して行くが良い」
「左様ですか」
俺は車を走らせ、岩女の案内で近所の河川敷へとやってきた。ちょうど今は桜が満開の時期だ。温暖な地域の我が地元は四月中旬でもまだ満開の桜を見ることができた。
車を適当なところに停め、河川敷へと歩いていく。平日ということもあり、人は少なくのんびりとした時間が流れていた。仕事をしていた頃には味わえなかったこの感覚。今思うと、何のためにあれだけ一生懸命働いてきたのかわからない。
ただ、流されるままに生きてきた。それなりに一生懸命仕事して、年相応よりかは社会的な地位もお金も手に入れていたと思う。だが、こうやって四季折々の景色を楽しみ、生を感じる瞬間がどれだけあっただろうか。
今なら分かる。お金も大事だが、時間も大事だ。あと一年しか生きられないのなら、これから味わう季節は、全て人生最後の四季なのだ。この桜が咲き誇る美しい春も、これが最後だ。
トコトコと河川敷を歩きながら、桜を眺める。あぁ、綺麗だなぁ、とても。
「鑑賞に浸っているところ悪いが、準備はいいか?」
「わかってるよ。で、その女の子はどんな人なの?」
「お前にだけ見れる印をつけておいた。額に紅く光る神紋がある。神紋は岩だ。まぁ、きっちりお膳立てもしてやるから、しばらく桜を眺めながら歩いていなさい」
「そうか、わかった。ありがとう」
随分と親切だ。わざわざこうやって付き添ってくれるなんて。俺は再び、歩き出しセンチメンタルな気分に浸る。
突風が吹いた。思わず身構えるほどの強い風に、桜吹雪が舞い散り、腕で顔を覆おうとしたところ、バシッと顔に何かが当たった。痛くはない。軽くて柔らかい、紙みたいな感じだ。
風が落ち着いたところで、顔に張り付いた物を取ってみると、やはりそれは紙だった。しかも大きい。画用紙くらいか。
広げてみると、綺麗な桜の絵が描かれていた。絵は詳しくないが水彩画で間違いないだろう。春の河川敷を見事に描いていた。
「ごめんなさい〜!」
向こうから謝りながら走ってくる女性の姿が見えた。
「ごめんなさい、風に吹かれて飛んでっちゃいました!あの、その・・・お怪我はありませんか?」
「大丈夫ですよ、これしき。これはあなたの絵でしたか。随分とお上手なんです・・・ね・・・?!」
女性の顔を見てビクッとする。長くボサボサな髪を掻き上げたその女性の額には額に紅い山の神紋が描かれていた。本当だった。ということは、この人が俺の・・・。
「あっ、どうぞ」
挙動不審になりながらも、女性に絵を返した。
「あっ、ありがとうございます」
少し距離を取られながら、絵を受け取ったこの女性もどこか挙動が怪しい。どうも人と接するのが苦手らしいことはが容易にわかる仕草だ。
それ以外にも気づいたことがある。おそらく、さっきの風で飛ばされてしまったであろう彼女の画材が散乱している。それを教えると彼女は気づかなかったようで、あ゛あ゛ぁと呻きながら慌てて画材を集めていた。
その仕草がまるで小動物みたいでフッと笑ってしまったが、一人で片付けるには少々散らかっていたので、俺も一緒に画材を拾い集め彼女へと渡した。彼女は何度も何度もすいません、すいませんと言いながら頭を下げている。
地味で、垢抜けていない、だが素朴な田舎の女の子といった感じだ。この子が俺とイチャイチャしてくれる女の子ということを考えるとなんだかムズムズとした感覚があるが、ここは紳士に礼儀正しく接するべきだろう。
「随分とお上手な絵を描くんですね」
「えっ、そんな、私なんかまだまだ・・・」
「いやいや、こんな素敵な絵はなかなか見ませんよ」
「・・・そう、思ってくれますか?」
「えぇ、もちろん。美術学校の学生さんだったりしますか?」
その言葉に彼女はピクッと反応した。おっと、いきなり言ってはいけないことを何か言ってしまったか?俺は何か失礼なことを言ってしまったかとドキドキしていると彼女は俺を振り返り、こう言った。
「私、自分の絵が褒められたの、初めてです」
彼女は声を上げ泣き始めてしまった。あまりの展開に俺も驚くばかりであたふたしていると、背中をゴスッとどつかれた。岩女だ。岩女はゴツゴツして目元が見えないが、どうやら慰めろとアイコンタクトを送っているようだ。
そんなわけで、春爛漫の河川敷で咽び泣く女をなだめるおじさんとそれを見つめる岩女という妙な構図が出来上がってしまった。
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