第二話 イチャつき相手候補 黒島京子

 黒くてボサボサな髪、長い前髪のせいでいまいち顔がよく見えないこの子は黒島京子くろしまきょうこと名乗った。なんでも、絵を描くことが好きで時間がある時にはこうして風景の絵を描きに出かけているということだった。


 その絵は素人の俺が見ても明らかに上手いのだが、彼女はまったく自信がないらしい。現に、ちょっと褒めただけで彼女は泣き出してしまった。こちらとしては素直に意見を述べただけなのに。


 画材を見てみると、これまた素人の俺でも見たことがある道具ばかりだった。懐かしい、これは小学生の時に使った絵具セットじゃないか。当時はデザインがなんとなく子供っぽいような気がして好きではなかったが、絵描きさんでも使うということは、実はとても実用性の高いものなのだろうか。


「この絵具セット、懐かしいですよ。小学生はみんなこの絵具セット使ってましたよね。絵描きさんでも使うということは、実はめちゃくちゃ使い勝手がよかったりすんですか?」


「そんな、絵描きだなんて・・・。私は、その・・・あまり画材にお金をかけられなくて・・・。安いんですよ、絵具セットって。私でも気兼ねなく使えるので」


「なるほど、弘法筆を選ばず的な?素晴らしいですね。とても安い画材で描いたなんて見えませんよ」


「・・・そんなこと、考えたこともありませんでした」


 目を赤くして伏目がちに俺の質問に答えていた黒島さんは、この時初めてパアッと明るい顔を見せてくれた。本当に絵を人に褒められたことがないみたいだな。


「展示会とかで発表したりはしないんですか?」


「そんな、私なんてまだまだそんなレベルじゃないので・・・」


 また伏目がちになってしまった。勿体無い。これだけの才能があるのに、自信が持てないなんて、俺はどうしたらいいんだ?俺の絵の最高傑作はへのへのもへじ程度だぞ。


 だが、なんとなく彼女の気持ちを察することはできる。どこの業界でも天才はいる。若くして頭角を表し、世を席巻する姿なんて見せられたら自分なんてと、卑下したくもなる。まして、その道で心血を注ぎ努力しているなら、なおのことだ。


 彼女の絵は、そうした熱い想いを汲み取れる絵だ。情念が宿った絵だ。情熱は本物で間違いないだろう。だからこそ、勿体無い。


「俺は好きですよ、この絵。なんか、うまく言葉にできませんけど、きっとこの人は絵が好きでたまらないんだろうなって思うし、いい作品を生み出したいんだなって情熱も感じて。でもそれだけ熱いものがあるのに、繊細な絵のタッチがいい味出してると思います。と、勝手に批評してごめんなさい」


 よせばいいのに、余計なことを言ってしまった。だが、彼女は明らかに挙動不審で無駄に手や指を揉み続けたり、視線が泳ぎまくっているにも関わらず、その口元はにんまりとしている。どうやら、悪い気はしていないようだ。


「私の絵をこんな褒めてくれてありがとうございます」


「いやいや、率直な感想ですよ」


「でも、こうやって外で絵を描いていれば、声をかけられることもあったんじゃないですか?」


「あぁぁ・・・。確かにそういう時もあったんですけど・・・。逃げちゃってました」


「へっ?逃げた?」


「私、人見知りどころか、若干対人恐怖症みたいなところがありまして・・・」


「えっ?!そうだったんですか?俺と話してて大丈夫なんですか?それならこれで失礼しますよ」


「あぁぁそんな、確かにちょっと厳しい感じになってきましたけど、お礼もしたいですし・・・。まだがんばれます!」


「いやいや、ここはがんばらなくても大丈夫ですよ。じゃあ俺、これで失礼しますので」


「あぁぁ・・・!あの、そしたら、せめて連絡先だけでも!」


 黒島さんが限界を迎えつつあるのが分かったので、求めに応じるのもいかがなものかと思ったが、彼女が勇気を振り絞って言っている様子もよく分かったので、ひとまず連絡先だけ交換して、俺は速やかにその場を後にすることにした。


 それにしても、連絡先を交換するだけなのに、彼女の体は震え、スマホを操作する指もうまく動かせていなかった。よっぽど人が苦手なのに、なんで交換先を求めてきた?お礼なんてすることもない。ただ風で散らばってしまった道具を片付けただけだぞ?


「それが、彼女にとってはとても嬉しかったことなのよ」


 突然、ぬっと岩女が現れ、耳元で囁いた。


「ぬおぅ!びっくりした!」


「いい反応するな。脅かしがいがある」


 岩女は袖で顔を隠しながらくすくすと笑う。


「いつの間にか姿が見えなくなったけど、どこ行ってたんだよ」


「あんたが口説きやすいように席を外していただけよ。で、首尾はどうなの?」


 恋バナのノリで聞いてくるなこの女神は。内心俺の恋路を楽しんでいそうだ。


「連絡先は交換したよ。今度お礼がしたいんだとさ」


「まずは第一歩ね。順調じゃない。で、彼女は君のお眼鏡に叶いそう?」


 お眼鏡、という言葉に一瞬思考停止してしまった。神様に女の子とイチャつきたいなんて願ったが、どんな女性としたいか。そこまでは考えていなかった。


 俺が一念発起したのは、死ぬ前に女の子とイチャつきたいがためだ。そりゃ、できたら容姿が良くてすけべに寛容な人がいいんだろうが、どうしても好みの人としたい、など強い願望はない。


 女神に切った啖呵が全てだ。俺は男として女性と向き合い、素敵な関係を気付きたい。その延長でイチャつければいいわけで、そう考えるとまだまだ黒島さんという女性がどんな人かもわからないのに、答えようがない。


「正直、今の段階では答えられない。けど、可愛いらしい人じゃないか?彼女の他の絵も見てみたいしな」


「悪くないのならよかった」


「それにしても、なんで黒島さんだったんだ?理由は?」


「大雑把に言えば相性ね。縁結びの神には、そうした縁が糸のように見えるのよ。それを私が厳選して、今のあなたに一番合いそうな人を教えただけ」


「へぇ〜。便利な能力だな」


「大神様から与えられた権能よ」


「もう一つ聞いていいか?」


「なに?」


「なんで、あんたは俺の願いを聞いてくれた?俺みたいなやつは案外世の中多いと思う気がするけど」


「それは、“神のみぞ知る”って話。私には答えられない話よ。少なくとも、あんたは大神様が願いを叶えて良いと思ったのは間違いのだから、感謝しなさいよ」


「それはそうだ。家に帰ったら、またしっかり神棚に手を合わせておくか」


「いい心がけじゃない。しっかり御礼言いなさい」


 ともかく、俺はめでたく女性と縁が繋がった。スマホを見てみると、早速彼女から丁寧なお礼の言葉と、お礼をするために今度会えないかという旨のメッセージが入っていた。


 俺も丁寧に返信をし、久々に感じる胸のときめきを味わいながら、のんびりと桜咲く春の小川を後にした。


「それにしても、綺麗な桜だったわね」


「そうだな。おそらくこれが見納めだ・・・」


「・・・。そう思うなら、しっかり目に焼き付けておくことね」


「あぁ、もちろん」


 最後の桜景色が、桜吹雪とともに、車窓を流れ去っていく。

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