第10話

煙がゆっくりと晴れていき、太陽の光がクレーターの中に差し込んだ。

デイビッドの瞼がピクピクと動き、痛む顔をしかめながら目を開ける。

うめき声を漏らしつつ頭を横に向けると、巨大なイノシシが彼の下で動かなくなっていた。

自分がその上に、まるで英雄のように寝そべっていることに気づく。


デイビッドは弱々しくニヤリと笑い、スティッキーを太陽にかざした。

「やった……本当にあの化け物を倒して、生き残った……」

声が震えた。笑みが少しだけ崩れる。

「でも、なんでこんなに痛いんだ……? このデブイノシシの上に落ちたからか? それとももっと深い意味が……? 俺の過去、家族、彼女、上司……? いや、もしかしてもう二度と取り戻せない“何か”を失ったからか……?」


クレーターの上で、土と砂が動いた。

ダリルの頭がひょっこり顔を出す。髪は泥だらけで、岩のかけらが飾りのように刺さっている。

彼はしかめ面で見下ろした。

「おい、ミスター・ホーク……生きてるか?」


デイビッドは咳き込みながら無理やり笑う。

「も、もちろんさ。なんで死んでると思った?」


ダリルが指差した。

「自分の腹を見ろ。」


デイビッドはまばたきをして下を見た。

腹には、イノシシの折れた棘が突き刺さり、貫通していた。

笑みが固まる。

「……あ。」


唇に触れる。指先には血。

「……あ。」


彼は空を見上げながら体を脱力させた。

「もうダメだ……終わりだ。地獄行き確定。さらば、クソみたいな世界……またな。」


ダリルはクレーターに飛び降り、ドスンと隣に着地した。

「大げさだな。治すものがある。」


彼はデイビッドを持ち上げる。デイビッドが叫んだ。

「痛ぇぇぇぇ!!」


「泣くな。」ダリルはぶっきらぼうに言い、ひょいと引っ張り上げた。


「おい、やめろ! 俺の内臓が外に出るだろ!」


お構いなしにダリルはクレーターを登り、デイビッドを背中から地面にドサッと落とした。


「いてぇぇぇぇぇ! このロバ野郎!」


その言葉が終わる前に、ダリルは赤いポーションを取り出し、コルクを抜いて――

デイビッドの顔に向かって投げつけた。

ガシャーン!

液体が飛び散り、ガラスの破片が頬を切り裂く。


「ぎゃああああああ!! てめぇえええ!!」


デイビッドは飛び起きてダリルの襟を掴み、揺さぶる。

「なんでそんな投げ方すんだよ!? 飲ませろよ普通にぃぃぃ!!」


返事の代わりに、ダリルは腹に拳を叩き込んだ。

「ぐぉっ!」

デイビッドは崩れ落ちた。


ダリルは手を払って言った。

「感謝しろ。放っておいてもよかったんだぞ。」


デイビッドは腹を押さえながら呻いた――だがすぐに気づく。

傷が、消えていた。

完璧に。

「……治ってる……?」

飛び上がって叫んだ。

「治ってる!? やったぁぁぁ!! ハハハハハ!!」


スティッキーを掲げ、ぐるぐる回る。

「ありがとよ、ダリル!」


「まったく……子供か。」ダリルはため息をつき、泥だらけの髪を払いながら歩き出した。


デイビッドが追いかけようとしたそのとき――

チーン、という音が鳴り響いた。

目の前に光る画面が浮かび上がる。


「うおっ!? レベルアップ画面だと!? 俺、レベル2になったのか!?」


画面に文字が流れる。


新スキルが解放されました:


嘘つきの舌 ― 知能の低いNPCを簡単に騙せる。

(注意:知能の高い相手には通じにくい。)


スライム・ブラスター ― スティッキーからスライムを発射できる。


スティック・ソード ― スティッキーを切断可能な剣に変化させる。


デイビッドの口が開いた。

「すげぇ……本物のゲームみたいだ……」

顎に手を当てて考える。

「2と3は戦いに使えるけど……正直もう戦いたくねぇ。あのベーコン怪獣で十分だ。」


彼の唇が悪巧みの笑みに変わる。

「でも1なら……人を騙して、金を巻き上げて、金持ちになれる! ハハハ! いや、それ以上だ。装備も食料も、スティッキーの飯も買える。俺は無敵だぁぁぁ!」

近くの木から鳥が飛び立つほどの笑い声だった。


「嘘つきの舌、選択。」


ステータス:


筋力:3

敏捷:0

体力:0

魔力適性:0

残りポイント:3


デイビッドは口笛を吹いた。

「よしよし……いつまでも弱いままじゃいられねぇな。」


画面をタップし、ポイントを敏捷に振る。


更新後ステータス:


筋力:3

敏捷:3

体力:0

魔力適性:0


HP:15(以前は1)


「よし、完璧だ。世界よ、デイビッド・ホークが帰ってきたぞ!」


彼はダリルに追いつく。

老いた男はロバの隣で手を叩きながら笑った。

「よくやったのう。おかげでワシら、モンスターの餌にならずに済んだわい。」


ダリルは胸を張って言った。

「当然だ。ところで……無料で乗せてくれるって話、あったよな?」


老人が頭をかく。

「そ、それなんじゃが……まずは荷車を元に戻す手伝いをしてくれんかの?」


デイビッドは首を傾げた。

「それだけ? 余裕だな。」


「そうだな。」ダリルが頷く。

三人は荷車の下に手を入れ、掛け声を合わせて持ち上げた。


――動かない。


デイビッドの腕が震える。

「重っ! おっさん、これ中に象でも詰めてんのか!?」


老人も顔を真っ赤にして唸る。

「わしの腕も、もう若くないでな……」


三人は汗を流しながらも動かせない。


そのとき、ロバがのんびりと後ろから歩いてきた。

頭を下にくぐらせ、フンッと一息――

荷車を軽々と持ち上げた。


三人とも凍りつく。


「……嘘だろ……」デイビッドが呟く。


老人が目を瞬かせ、笑顔でロバを撫でた。

「よくやったのう、ドンキー! 後でニンジンを買ってやるぞ!」


ロバは――笑い、そして頷いた。


デイビッドは目をこすった。

「……今、笑って頷いたよな……?」


「そうだな。」ダリルが無表情で言う。

「だが気にするな。」


数分後、荷車は直り、ロバも準備完了。

老人が息を吐いた。

「よし、出発じゃ。」


デイビッドは荷車にもたれかかり、腕をぷらぷらさせた。

「腕がもうダメだ……」


二人は荷車に乗り込み、ゴトゴトと動き出す。

デイビッドはため息をつき、背もたれに沈んだ。


そのとき、再び音が鳴る。


[関係値更新:ダリル・テツ -98 → -81]


デイビッドの口元がニヤリと歪む。


ダリルが目を細めた。

「なんでニヤニヤしてる。」


デイビッドは無邪気に笑う。

「いや、別に? なんでもねぇよ、ダリル。」


「……怪しいやつだ。」ダリルは腕を組んだ。


デイビッドは小さく笑い、目を光らせた。

「ふっ……知らぬが仏ってな。」


荷車は、ゆっくりと次の町へと進んでいった。


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