第11話
デイビッドはまだ四歳だった。
小さな足がリビングルームの床をパタパタと走り回る。
両親はソファに座り、光るテレビに目を釘付けにしながら、流れているシットコムに笑い声を上げていた。
「パパ、ママ、見て!」
小さなデイビッドは言った。
汚れた古い腕時計を掲げて、にっこりと笑う。
「ぼくとパピーが、これ見つけたの!」
後ろでは、小さな茶色い子犬が尻尾を振り、嬉しそうに吠えていた。
自分たちの発見を誇らしげに。
デイビッドは子犬の口から時計を引っ張り出し、両手で持ち上げて、目を輝かせた。
両親は振り向きもしなかった。
「うん」
父親はうなり声を上げるだけで、目をテレビから離さない。
母親は手をひらひらと振るだけだった。
デイビッドの笑顔が消える。
時計を下ろし、唇を震わせる。
「お、おう… わかった… い、いそがしいんだね…」
子犬がかすかに鳴いた。
デイビッドはかがんで、その頭をなでる。
「だいじょうぶだよ、パピー… 外であそぼ。」
---
次の日、玄関のドアが激しくノックされた。
バン。バン。バン。
デイビッドは目をこすりながら起き上がった。
いつもなら、パピーが隣で丸くなって寝ているはずだった。
だが、今日はその場所が空っぽだった。
不思議に思いながら、彼は裸足でベッドを降り、ドアの方へ歩いた。
ドアを開ける。
父親が立っていた。笑顔を浮かべ、黒い大きなゴミ袋を片手にぶら下げて。
「よう、坊主」
男は気軽な声で言った。
「昼寝はどうだった?」
デイビッドの目が輝く。
「よかった! ぼくね、ゆめの中で――」
「へっ、興味ない。」
父親は笑いながら言葉を遮り、袋をデイビッドの小さな手に押しつけた。
「ほら、早めの誕生日プレゼントだ。お前のために用意したんだぞ。」
デイビッドの目が見開かれる。
「ほんと?」
「もちろんだ。」
父親の口元が耳まで吊り上がる。
興奮したデイビッドは、袋をもたつきながら開けた。
笑顔が固まる。
中には――パピーがいた。
いや、パピーの半分が。
血。毛皮。力なく突き出た前足。
デイビッドの小さな手が激しく震えた。
胸が上下し、涙で視界がにじむ。
「い、いや… いやだ… パピー!!!」
悲鳴が家中に響き渡った。
幼い恐怖そのものの叫びだった。
父親の笑みは消えず、そのまま背を向けて歩き去った。
デイビッドの世界は崩れた。
---
デイビッドは飛び起きた。
息を荒げ、冷たい汗に濡れていた。
胸を押さえ、心臓が激しく打つ。
馬車の隣で、ダリルが身じろぎした。
彼は眉をひそめてデイビッドを見た。
「ホークさん… 大丈夫ですか?」
デイビッドは震える笑みを浮かべ、額の汗をぬぐった。
「だ、だいじょうぶさ。ただの… いい夢を見てた。」
「ほう、いい夢、ですか?」
ダリルは乾いた声で言い、目を細める。
「どんな夢だったんです?」
デイビッドはためらい、喉が渇いていた。
「う、うーん… 女の子… それだけ言っとく。」
ダリルは鼻をつまみ、ため息をついた。
「なるほど。」
馬車の前の老人が陽気に口をはさんだ。
「気にするな若いの。人間なんて変な夢を見るもんだ。わしなんか先週、このロバが村の村長になる夢を見たぞ!」
ロバが「ヒヒーン」と鳴いて同意するかのようだった。
ダリルはつまらなそうに背をもたせかける。
「ホークさん、あなたは本当に問題児ですね。」
デイビッドは弱く笑いながらごまかしたが、手はこめかみに触れてゆっくりと擦った。
心の中で声が渦巻く。
――なぜ… なぜ今になって、あの記憶が戻ってくる?
――埋めたはずだ。忘れたかった。
――それなのに、また引きずり戻される…
――あの瞬間、あの痛み… 消えてくれない。
笑みが消え、静寂が続く中、馬車は軋みながら地平線へと進んでいった。
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長くでこぼこの道を進み、馬車はついに止まった。
太陽は低く、橙の光が広がる。
苔むした石の壁と木製の風車に囲まれた広い町が見えた。
市場では看板がきしみ、焼いた肉とエールと馬糞の匂いが入り混じって漂っていた。
「おう、着いたぞ。」
老人は誇らしげに手綱を引く。
「ホラックスの町――王国で一番うるさい酔っぱらいと、けち臭い商人の住処さ。」
デイビッドは伸びをして馬車から飛び降り、乗り物酔いでふらついた。
「それはいいな――もし金が残ってたら、一杯やるところだ。」
ダリルも静かに降り立つ。
「送ってくださって、ありがとうございます。」
デイビッドがすぐに言葉を足す。
「そうそう、ありがとな、じいさん。道中で死なずにすんだのは助かった。」
老人は麦わら帽子を直し、にやりと笑った。
「お前さんたちがわしとロバを助けてくれたお返しさ。なぁ、坊や?」
ロバがうなずくように頭を振る。
デイビッドはにやり。
「頭のいいロバだ。今まで会った人間の半分より賢い。」
老人は大笑いしながら御者台に戻る。
「気をつけな、騒ぎを起こすなよ?」
「約束はできねぇな。」
デイビッドは手を振った。
馬車が去り、二人は賑やかな町の広場の端に立った。
ホラックスの町は喧騒に満ちていた。
鍛冶屋の金槌の音、子供たちの走る足音、女たちの井戸端話、古びた梁にぶら下がる旗が風に鳴る。
だが、二人が通りを歩き始めたとき、何かがおかしかった。
人々の笑顔が、デイビッドを見ると消えた。
母親は子供の手を引いて道を避ける。
商人は売買の途中で手を止め、デイビッドに睨みを利かせた。
果物屋でささやいていた男たちは黙り、一人が地面に唾を吐く。
デイビッドは頭をかきながら苦笑する。
「なんだよ… みんなオレのこと嫌いなのか? そんなに臭うか?」
ダリルは淡々と答える。
「いいえ、ホークさん。あなたを嫌っているだけです。」
「なるほどな。説明ありがと。」
石畳を進むうちに、路地裏から子供たちが覗き見し、怯えたように樽の後ろへ隠れた。
デイビッドはため息をつく。
「まるで戦争犯罪でも犯したみたいだ。」
「おそらく犯したのでしょう。」
ダリルは小声でつぶやいた。
やがて二人は、赤い塗装が剥がれた背の高い建物の前に立った。
看板にはこう書かれていた――《酔いどれバジリスク亭》。
窓からは笑い声と怒号がこぼれている。
中は完全な混沌だった。
隅では男たちが殴り合い、床にジョッキが転がり、調子外れのリュートが鳴り、酔った騎士たちが樽の上で腕相撲をしていた。
安いエールと煙と汗の匂いが充満していた。
ダリルは深く息を吐いた。
「やっと文明に戻りましたね。」
デイビッドは笑顔で言う。
「もう最高だな。」
二人はカウンターに向かって進む。
そこにいたのは若い女――金の髪をポニーテールに結び、エメラルドの瞳が鋭く光る。
騒々しい中で場違いなほどきっちりとしたメイド服を着ていた。
彼女はジョッキを拭いていたが、二人に気づいた瞬間――
笑顔が消えた。
視線がデイビッドに突き刺さる。
「…神よ… またお前か。」
デイビッドは固まり、引きつった笑みを浮かべる。
「へへ… サプライズ?」
彼女はジョッキを叩きつけ、エールが飛び散った。
「なんであんた、こいつを連れてきたの!?」
ダリルに怒鳴る。
「前回来たとき、どれだけの厄介事が起きたか分かってる!?」
デイビッドは口を開けて叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て! 今回はまだ何もしてねぇって! まだな!」
ダリルは冷静に手を上げる。
「今は彼が重要ではありません。我々は公爵とその息子を探しています。ホーク氏を待っているはずです。」
女は鼻で笑い、腕を組んだ。
「公爵? あの二人なら、もう町を出たわよ。」
ダリルの顔が固くなる。
「出た…?」
彼女は髪を払ってうなずく。
「ええ。昨日の朝出て行ったわ。北の遺跡に“片付けてない用事”があるってね。」
沈黙。
デイビッドはまばたきをし、うなだれて顔を手で覆う。
「…マジかよ…」
ダリルの拳が握られ、顎の筋肉がピクリと動いた。
「昨日、だと?」
周囲の酒場の喧噪――笑い、歌声、ジョッキの音――
すべてが一瞬止まったように感じられた。
「…ってことは、オレたち、あのスパイクボアと戦って、死にかけて、馬車持ち上げて、国中を走り回ったのに… 全部無駄か。」
デイビッドがぼそりと言った。
ダリルは答えない。ただメイドを睨みつける。
メイドは小さく笑みを浮かべた。
「タイミングばっちりね、あんたたち。」
デイビッドはため息をつき、カウンターに肘をついて顔を手に埋めた。
「ほんとだよ… お前にゃ分かんねぇだろうけどな。」
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