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それから着替えを済ませ、居間へ向かうと台所から漂ってくるいい香り。ちらと台所に視線をやると、そこにいたのは着物の袖を紐でたすき掛けし、料理をする椿だった。
「あ、おはようございます、旦那様」
にこやかな笑みを浮かべて千歳を出迎えた椿は、「千歳様、おはようございます」と続けた八重子と共に何やら朝食の支度をしているようだった。
釜からは白い湯気がもくもくと立っていて、黒鍋からは出汁のいい香りが漂っている。椿の手元を見れば、まな板の上に輪切りにされたきゅうりが並んでいた。
昨日は初夜にも関わらず、冷たく突き放した自覚があった千歳は、目の前の状況を上手く呑み込めないでいた。何事もなかったかのように笑顔を向けてくる椿にも、彼女が朝食を作っている事実にも──。
「旦那様……?」
呆然とする千歳に、「ご迷惑、だったでしょうか……?」と、そろりと顔色を伺う椿。
「いえ、別に食事くらいは」
千歳がそう返すと、椿の顔がぱぁと明るくなる。
「では、すぐにお料理をお持ちしますから、座って待っていてくださいね」
そうして、また笑みを向けられ、千歳は何も返せなくなった。確かに「自由に過ごせ」とは言ったが、まさか朝食作りを手伝っているとは。
それから千歳が言われた通りに食卓に腰を下ろして待っていると、ほどなくして椿が膳を持ってやってきた。
焼き魚に、大根おろしが添えられたたまご焼き、きゅうりの浅漬け、味噌汁といつも八重子が作るものと変わらない献立である。
「はい、どうぞ」
差し出された手には、お茶碗によそわれた白飯。艶があり、ほかほかと湯気が立ち込めるご飯を、千歳はじっと凝視した。
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