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「あ、あの……っ。毒などは入っておりませんので、安心してお召し上がりくださいませ」
すると、何を勘違いしたのか、焦った様子でそんな声が聞こえてくる。そういう心配をして凝視していたわけではなかったのだが……。
「……いただきます」
とはいえ、いちいち説明をするのも面倒だったので、千歳は気にせず食事を始めることにした。そうやって黙々と食事をしていると視線を感じ、ふと顔をあげる。すると、お盆を抱きしめた椿が、何やらきらきらと期待の眼差しを向けながら千歳の手元を見つめていた。
「何か」
「い、いえ!お食事の邪魔でしたね……!」
千歳にじっと見つめられハッと顔を赤らめた椿は、「失礼しました!」と言いながら慌てて立ち上がり、台所の方へと戻ってしまった。台所に消えた彼女の背中を見送った後、千歳は自分の手元に視線を落とした。
彼女は何を見ていたのか。
料理を改めて眺めてみると、いつも八重子が作るたまご焼きと形が違うことに気づく。
千歳はそれを箸でつまむと、じっと見つめた。出汁の香りがほんのりと漂い、食べると口いっぱいに優しい味が広がっていく。
「……」
いつも食べるたまご焼きとは違う味に、先ほどの椿の顔を思い出す。きっとこのたまご焼きは彼女が作ったのだろう。千歳の口に合うか、反応が気になっていたのかもしれないが、たかが、たまご焼きひとつに何だというのだ、という気持ちになる。
『おはようございます、旦那様』
けれど、朝一番に向けられた花が綻ぶような笑顔が、やけに脳裏から離れなかった。
目覚めの悪さを忘れるような、その笑みは、憂うつだった千歳の心をほんの少しだけ晴れやかにしてくれたような気がした。
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