第22話 SYNC ROOM ― 安定値の観測者 ―
SYNC ROOM
白いドアのプレートには、文字がひとつ。
SYNC ROOM
複合棟の奥、立ち入りが制限されたその区画には、
昼と夜の境目など存在しない。
ここでは、ただ数値だけが生きている。
⸻
☀️ Day Shift:09:00 - 18:00
「日勤ログ開始。担当ID:E-12。
システム同期、オンライン。」
ブラインド越しの朝の光が、灰色の機器の隙間に落ちる。
モニタが自動起動し、波形と数値の羅列が並ぶ。
[09:10] 全ノード同期:良好
[09:11] Sync Value:平均 0.96(安定)
[09:12] 出力エネルギーレベル:緩やかに低下傾向(許容範囲内)
「Mobilityレイヤー、活動指数やや低下。午前内に補正を依頼。」
キーを叩く音が続く。
短い無線が開き、通信が送信される。
[09:15] Command Issued → Mobility Layer / Activity Routine Start
[09:16] Status:Confirmed
担当者はログのタイムラグを確認しながら、
別ウィンドウでEmotion Layerの波形を呼び出す。
「情動同期、少し硬いな。……改善処理を、割り当てて。」
[09:20] Command Issued → Emotion Layer / Story Engagement Task
[09:21] Response:Active
画面の一角に、ゆるやかに波打つデータラインが現れる。
穏やかな値が上昇し、少し遅れて「安定化」の文字。
「よし……日中のステータス、バランス回復。」
彼女はタスクボードにメモを加える。
[11:45] Emotion Layer:同期維持
[13:20] Mobility Layer:活動指数 目標値達成
[15:00] Cognitive Layer:低振幅安定波 確認
午後。
外では、かすかな生活音のようなものが響いている――気がした。
しかしこの部屋は白い壁と開かない窓に覆われており、
音が届くことはない。
「同期値、良好。出力エネルギーは定常減衰。対応不要。」
彼女は無線に短く報告し、ファイルを閉じる。
[17:59] 日勤ログ終了。
次シフト:夜間監視プロトコルへ移行。
室内が少し暗くなり、昼の光が静かに消えていく。
⸻
🌙 Night Shift:18:00 - 翌09:00
「夜勤ログ開始。担当ID:A-17。
夜間モード、稼働。」
照明が半分だけ落とされ、
モニタの光が青白く壁を染める。
ファンの音が一定のリズムを刻み、
スクリーン上では数百の波形が静かに明滅していた。
[21:10] Sync Value:平均 ±0.2%
[21:11] 出力エネルギーレベル:全ノード安定
担当者はコーヒーを片手にログを眺める。
そのとき、ログの海でひとつの数値が揺らぐ。
この値に、“回復”という動きはない。
時間が経てば経つほど、この値は減衰していく。
それがこの空間の法則。
どんなに安定して見えても、
波形は、ゆっくりと、確実に沈む。
⸻
[22:46] Warning Alert
短い電子音が鳴る。
モニタの一角が黄色に点滅した。
Node_05:Output Energy Level = 0.47
Status:Warning/監視継続中
担当者は椅子を回転させ、ターミナルを開く。
「……5番か。しばらく様子を見よう。」
指先がコマンドを打ち込み、監視モードが切り替わる。
数分後、波形はわずかに上下を繰り返すが、
上昇の兆しはない。
「回復反応なし…… Emotion Layerに最終確認のためのヘルスチェックを指示。」
[22:51] Command Issued → Emotion Layer / Health Check Task
[22:52] Response:Pending
部屋に静寂が戻る。
蛍光灯がひとつ、わずかにちらついた。
⸻
[23:12] Critical Alert
警報が鳴った。
赤いランプが点滅し、ログの一行が赤に変わる。
Node_05:Output Energy Level = 0.39
Status:Critical/閾値下回り
担当者の瞳にモニタの光が映る。
「……臨界値、確認。」
短い沈黙ののち、
彼女はコマンドラインに手を置いた。
「ファクトリーリセット、承認。」
[23:15] Command:Factory Reset Protocol / Execute
[23:15] Transfer Issued → Emotion Layer
[23:16] Status:Processing…
モニタの波形が白くなり、ゆっくりと消える。
ノイズが、静かに止む。
数値の列に「Energy = 0.00」が記録され、
その直後、正常終了のログが流れた。
[23:56] Node_05:Cleared(Factory Reset 完了)
Output Energy Level = 0.00
Emotion Layer:応答正常
「……ファクトリーリセット完了。」
担当者は小さく息を吐き、報告ウィンドウを閉じる。
静寂が戻る。
――すべてが既定の手順通りに戻った。
⸻
🕓 Shift Summary(Dawn)
《Night Ops Summary》
Node Group:Stable
Alert:1件対応/Factory Reset 実行済
Emotion Layer:処理保留
Mobility Layer:同期再調整スケジュール済
Cognitive Layer:リセット応答確認済
System Integrity:99.6%
朝の光がブラインドの隙間から差し込む。
夜勤者は端末に最終署名を送り、
椅子を離れた。
通路の向こう側で、
遠くに誰かの話し声のようなものがした。
けれどこの部屋には、
笑いも怒りも届かない。
モニタの奥では――
新しい波形が、何事もなかったように呼吸を始めていた。
⸻
🌙
ここでは、“回復”という言葉に意味はない。
けれど、すべての数値は常に正常を保つ。
それを、この場所では“安定”と呼んでいる。
⸻
🕊 次回予告
第23話 木のカメラと、やさしい嘘
お昼寝明けの午後。
やさしいマリア先生と出会ったミラは、
初めて“甘えてもいい”ことを教わる。
――小さな心が光を取り戻す、やさしい時間。
⸻
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます