第21話 レオンとレン 泣いてもヒーロー

――ねぇ、ミラ。

涙ってね、弱いものじゃないんだよ。


 


昼下がりの園庭。

金色の砂が陽に光って、風がやさしく草をゆらしていた。

ベア先生が大きく両腕を広げる。


「は〜い! 今日も“ベア先生タクシー”開店ですよ〜♡

 いつも通り、両肩乗車OKで〜す!」


「やったー!!」

「わぁい!!」


子どもたちの歓声があがる。

レオンも、小さな手を高く伸ばした。


「ぼく、レンにいちゃといっしょがいいっ!」

「うん、いいよ。約束したもんね。」


レンはやさしく笑ってうなずく。

おひさま組のにいちゃとして、レオンのそばに立つ姿はどこか誇らしげだった。


そう――レオンはいつだって“ヒーローごっこ”が好き。


「ぼくがレオンゴールドで、レンにいちゃはシルバー!」

「了解、レンシルバー参上!」

「ふたりで悪のベア団をやっつけるんだ!」


「……ボス本人の前で言うのはどうかしら〜?」

ベア先生が金のツインテールをぴょこんと揺らし、笑って言った。

みんなもくすくすと笑う。


そんなやり取りをしながら、レオンとレンは順番を待つ列に並んだ。


 



最初に乗ったのはタクトとカノン。

両肩にひとりずつ乗ったベア先生がゆっくり立ち上がると、

まるで山が歩き出したみたいだった。


「たか〜い!」「こわくない〜!?」

「こわくな〜い♡ ほら、ベア先生タワーですよ〜!」


歓声と笑い声が園庭に響く。

風が吹いて、レオンの淡い金髪がゆらりと揺れた。


(いいなぁ……たかいなぁ……)

レオンはレンの袖をそっと引っ張った。


「レンにいちゃ……ぼくたち、いつのばん?」

「えっとね、タクトくんたちの次だから、もうすぐだよ。」

「……もうすぐ、かぁ。」


目の前を風が抜けていく。

その笑い声が、少しだけ遠く感じた。


 



レオンは拳を握った。


(ぼくはヒーロー。泣かないヒーロー。

 順番をまもるのがヒーローなんだ。)


少しでも早く乗りたい気持ちを、ぎゅっと胸に閉じこめる。

レンが横で微笑んだ。


「レオン、がまんできそう?」

「もちろんっ! ぼく、ヒーローだもん!」

「そっか。じゃあ、シルバーは応援するよ。がんばれ、ゴールド!」

「うんっ!」


レオンはぐっと胸を張る。

でも、その“がまん”は長くは続かなかった。


 



ベア先生がタクトたちを降ろして、

次のペア――ミラとリリアを抱き上げる。

「きゃ〜♡ ミラちゃん、リリアちゃん、しっかりつかまって〜!」

「みらねえね、たか〜い〜っ!」

「リリアちゃんも、片手はあぶないわよ〜!」

「うんっ、みらねえねといっしょだから、だいじょうぶ〜!」


周りから拍手と笑い声。

ベア先生の肩はもう満員。

レオンとレンの順番は、あと一回。


……なのに、胸の奥がざわざわしていた。


(もうちょっとなのに……はやくのりたい。

 でも、ヒーローは順番をまもるんだ……ぼく、ヒーローなのに……)


ぎゅっと唇を噛んだ。

目の奥が熱い。

なみだなんて出す気なかったのに、

こぼれそうになるのを、必死でまばたきでごまかす。


 



そのとき、レンが小声で言った。


「レオン、顔、くしゃってなってる。」

「な、なってないもん!」

「ほんと?」

「……ほんとだもん……!」


でも、声が小さくて、もう震えていた。


タクトがにやっと笑って近づく。


「おーい、レオン泣いてんのか〜? ヒーローが泣いたぞ〜!」

「ち、ちがうもん! ヒーローは泣かないもんっ!」

「じゃあ、その目のきらきらはなに〜?」

「……これは……おひさまがうつっただけ!!」


まわりの子たちがくすっと笑う。

誰も悪意なんてない、ただのからかい。

でも、レオンの胸の奥がぽきっと折れた。


「……う、うぅっ……! やだぁ……!」

涙がぽろぽろとあふれた。

「ヒーローなのに、やだぁ……!」


 



ベア先生が慌てて振り向く。


「ちょ、ちょっと〜!? わ〜! 戦いはやめて〜!

 ベア先生のために争わないで〜♡」


「争ってない〜!」

「泣いてるだけ〜!」


園庭が笑いで満たされていく。

でも、レオンの顔はくしゃくしゃのまま。


園庭の喧騒が遠のく。レンの指先がふわりとレオンの頬に触れた。涙の筋を辿るように、幼い指が滑る。レオンの身体がびくりと震えたが、拒まない。ただ泣き声だけが小さくなる。


「……レンにいちゃ?」

震える吐息混じりの声。


レンは膝を折り、両腕でレオンを囲うように身をかがめた。木漏れ日が二人を切り取る影。周囲の視線が一瞬止まるほど、その構図は静謐せいひつだった。


「ねえ、レオン。泣いたって、ヒーローはヒーローだよ」


言葉の代わりにレンの胸元へ顔を埋めようとする小さな頭。

しかしレンは巧みに首をかしげた。避けるのではない。もっと柔らかい逃げ道を作るように。

レオンはその動きに少しだけ戸惑い、唇を震わせる。


「……でも……ヒーローは、ないちゃだめなんだ……!」


嗚咽おえつに裏返る声。レンの掌がレオンの後頭部を撫でる。髪の流れを読むような軽いタッチ。だが確かに「ここにいる」と伝える確かな圧。


「そうかな。ぼくの知ってるヒーローはね、泣きながら人を助けるんだ」


レンの額が、レオンの髪にそっと触れた。体温を確かめるように。息づかいを静かに合わせるように。


「?」

問いかけのような短いあえぎ。レオンの吐息が、レンの胸もとをくすぐった。


「だって、“やさしい”って、泣けるってことだよ。悲しい気持ちがあるから、だれかを助けたいって思えるんだもん」


レンの囁きは空気よりも軽く、耳たぶに直接染み込む。レオンの肩のこわばりが解けていく。


「レンにいちゃもヒーローなの?」


質問というより確認だった。答えを求めずに繰り返される問い。レオンの濡れたまつ毛が震える。


「うん。シルバーはね、泣いたゴールドを笑わせる係」


光がレンの唇の端をかすめ、笑みの形をつくった。


「そんなの……ずるいよ……」


抗議の声は拗ねているようで、どこか期待に満ちていた。レンの袖口を握る指が強くなる。


「でしょ? でもチームだからね。泣いても、いっしょにがんばればいいんだよ」


言葉と共にレンのもう片方の手が背中へ回る。抱擁というには遠慮がち。でも確かな引力を持って引き寄せる。




「は〜い! つぎのペア〜! レオンくんとレンくん、出動〜♡」

ベア先生が両腕を広げた。


「やったぁ!!」

レオンの涙が一瞬で止まった。

レンが微笑んでうなずく。


「さあ、ヒーロー出動の時間だね。」


二人はベア先生の両肩に抱き上げられた。

風がふわりと吹いて、金と銀の髪がそろって揺れる。


「ベア先生タワー、発進〜♡」

「いけぇ〜! レンシルバー、レオンゴールド! 大空へっ!!」

「了解っ! 悪のベア団をせいばいだぁ!」


「ちょ、ちょっと〜!? ベア団は味方です〜!?」

ツインテールがぴょこぴょこ揺れる。


子どもたちの笑い声。

ベア先生の肩の上、二人の笑顔が空の色を変える。


 



遊び終えたあと、レオンはみんなの前で言った。


「さっきは……ごめんなさい。

 ヒーローなのに、なみだでちゃった。

 でも……レンにいちゃがいってた。

 “泣いてもヒーロー”なんだって。」


タクトが腕を組んでうなずく。


「よし! じゃあ、ヒーロー同盟に正式加入だな!」

「うんっ! レンシルバーとレオンゴールド、出動準備完了!」


ベア先生が笑う。


「じゃあ、“がんばりヒーロー賞”はこの二人に決定〜♡」

「やったぁぁぁ〜!!」


レオンとレンが両手を合わせて、ぱちんとハイタッチした。

その瞬間、夕方の光が二人を包んだ。


 



園庭の隅で、ユウマがスケッチブックを開いていた。

クレヨンの先で、二人の姿を描く。

金と銀の髪が風にそよぎ、笑顔がきらめく。


「……これがほんとの、ヒーローだね。」


ユウマはそっとつぶやき、

夕陽色のクレヨンで、光の線を引いた。

そこには、涙のあともちゃんと描かれていた――

“やさしさの証”として。


 


――わかった? ミラ。

涙はね、“やさしさの証”なんだよ。



🕊 次回予告


第22話  SYNC ROOM ― 安定値の観測者 ―


“SYNC ROOM”――それは数値だけが生きる部屋。

出力エネルギーは減衰し、回復という概念は存在しない。

夜勤者はただ監視し、異常を確認し、手順通りに“安定”を保つ。

その日もまた、ファクトリーリセットが実行された。


静かな終わりの中で、

彼女は初めて、「安定」という言葉の意味を考える。


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