第13話 光輪《リング・オブ・ルミナス》
この世界の“ヒーロー”たちは、それぞれ固有の武器を召喚して戦う。
その武器は、持ち主の力と存在そのものを象徴する。
ゆえに――人々は、ヒーローを武器の名で呼ぶ。
炎をまとう者「
風を裂く者「
奇跡の再現者「
そして今、光を司る英雄の名は――
“光の勇者ルミナス”。
光を循環させ、穢れを浄化する勇者。
人々の希望と呼ばれる存在だ。
しかし同じ頃、闇に馴染み熱を喰う
仕立ての怪人が出没していた。
⸻
ある晴れた日の正午過ぎ。
人通りの絶えた駐車場に、乾いた風が吹き抜ける。
照り返すアスファルトが揺らめき、奥の街灯だけが静かに立っていた。
青年は通信機を外し、息を整える。
「……ここだ。三人目の失踪地点。」
砂利を踏むたび、カツンと硬い音が空へ跳ねた。
淡い金髪が風に揺れ、
氷のように澄んだ水色の瞳が周囲を見渡す。
光の勇者、ルミナス。
⸻
廃ビルの影、フェンスの隙間で、白がふっと走る。
「反応あり……!」
白い布の裾が翻り、銀糸が陽光を散らす。
紫がかった瞳が笑みを含み、その立ち姿は、まるで舞台に立つ仕立師のようだった。
「……怪人ソワン。」
「ふふ、あなたの登場を待っていたわ。採寸から始めましょう、光の勇者さん。」
ルミナスは構えを取り、左腕を掲げる。
「世界を照らせ――
光が咲いた。
円環の形をした金色の武具が腕に顕現し、淡い光粒が花弁のように舞い上がる。
その輝きは、破壊ではなく――浄化の光。
「お前を逃す気はない、ソワン。」
金の輪が回転し、閃光が奔る。
光が地を裂き、金属の唸りが空気を震わせた。
ソワンはそのすぐ手前で、舞うように退く。
「速いわね。でも――力任せの光では、私を縫えないわ。」
挑発の声と同時に、ルミナスが地を蹴った。
一瞬で間合いを詰め、拳を振るう。
拳が空気を割き、衝撃波が路面をえぐる。
「ぐっ……!」
ソワンが布を広げて受け流すも、防布ごと吹き飛ばされた。
身体が空中で一回転し、背後の壁に叩きつけられる。
「まだだ。」
ルミナスは追撃に移る。
光輪がきらめき、白い光が手足を走る。
一撃ごとに閃光が散り、彼の体捌きは“格闘”そのものの輝きを帯びていた。
「本来の戦い方を、見せてやる。」
蹴り、拳、肘――どの一撃も鋭く、正確。
ソワンは針を放つが、そのすべてを光輪が弾き飛ばす。
まるで太陽が夜を拒むように、白の光が全てを押し返した。
「……これが、エリートクラス……っ!」
ソワンの唇が震える。
だがその目にはまだ恐怖よりも計算の光が宿っていた。
(予定通り……誘導さえできればいいのよ。)
ソワンは後退しながら、足元に光糸を走らせた。
それは地面の影を伝い、いつの間にかルミナスの影にも触れていた。
路面のひびの奥で、黒糸が微かに呼吸する。
「終わりだ、ソワン!」
ルミナスが渾身の一撃を叩き込む。
光輪の白が強く瞬き、圧倒的な衝撃波が駐車場全体を照らした。
しかし、その瞬間――カチン。
足元の影から銀の針が無音で突き出た。
それはまるで時を縫い留めるように、彼の影を正確に貫く。
「……なっ――!」
ルミナスの体がわずかに止まる。
力が抜け、膝が沈む。
「ふふ……“影を縫う針”。お裁縫の基本よ。」
ソワンが立ち上がる。
服の破れを一瞬で直しながら、指先で糸を操った。
「影が縫われれば、身体も動けない。あなたがどれほど強くても――形は変えられないわ。」
「くだらない……!」
ルミナスの瞳が紅に染まる。
光輪が赤く輝き、炎のような熱を帯びた。
白き光は変質し、赤の灼熱が吹き出す。
空気が波打ち、糸が焼け切れていく。
「破壊の光……! これが“怒りのルミナス”ね。」
赤の光が布を焦がし、縫い目を焼き、針さえも融かしていく。
一瞬、ルミナスの体を束縛していた影が解けかけた。
「終わりだッ!」
光輪が巨大な赤い円を描く。
その軌跡が空気を裂き、世界が焼ける。
だが――その刹那。
「……もう十分。仮縫いを上げましょう。」
ソワンが指を鳴らした。
地面全体がきらりと光を返す。
それは事前に張り巡らせていた“黒糸の縫い目”。
赤の熱を感知して起動する設計で、黒糸は熱を吸収し、強度を増していく。
「しまった……これも、罠か……!」
瞬く間に黒糸が立ち上がり、
ルミナスの四肢と影を正確に縫い留めていった。
一本の針が足元の影を貫き、
もう一本が肘の動きを封じる。
そして背中を走った糸が肩口で交差し、
まるで見えないマネキンに固定するように、
その姿勢を“仕立て台”に縫いとめていく。
「熱を喰う
私の切り札よ。これはあなた専用に仕立てた罠――楽しんでちょうだい。」
ソワンの声が近づく。
針が宙を舞い、空中で弧を描く。
「静かにしていてね。ここからが――本当の仕立てよ。」
銀糸が光を反射しながら動き出す。
まるで見えない手が、世界を一針ずつ縫い上げていくかのようだった。
ルミナスの周囲に、円環の紋様が浮かび上がる。
(これは……まるで儀式……!)
体を動かそうとするが、影はすでに縫われている。
怒りに任せた力は伝わらず、やがて熱は黒糸に奪われていった。
赤はほどけ、色が沈む。
悲しみ――。
赤い輝きが静かに沈み、青い光が淡く滲む。
それは怒りの残滓と悔しさの色。
「まだ……終われない……光は……ここに……!」
「おやすみなさい、ルミナス。本縫いへ。」
ソワンの針が最後の一点を縫い留めた。
銀糸が完全な円を描き、ルミナスの体を中心に閉じる。
ぱさり。
仕立て上がった“小さな上着”が空を舞い、
青く光るルミナスの胸元に吸い付くように重なった。
光輪が、そっと消える。
周囲の世界が柔らかな布地に変わり、視界がぼやけていく。
「もう大丈夫。少し、休みましょう。」
最後に見えたのは、指先にからむ一本の銀糸。
それが、ルミナスを闇の中へと静かに溶かしていった。
――音が、ぷつりと切れた。
⸻
🕊 次回予告
第13話 おひさまの行進曲
グランドピアノの前に座る、ロシアン人形のような少女・カノン。
弾けないはずの曲。届かないはずの鍵盤。
それでも音は止まらない――
“おひさまの行進曲”が響くたび、
園の午後に、小さな奇跡が重なっていく。
⸻
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