第12話 クマさんは甘いにおい
午後の光がカーテン越しに差し込み、
お遊戯室の床にやわらかな模様を描いていた。
今日は“リズムの時間”。
「は〜い、みんな〜! 元気いっぱい、体をうごかすよ〜!」
明るい声が廊下から響いた。
その声とともに、お遊戯室のドアがゆっくりと開く。
そこに現れたのは――園の“お遊戯担当”の保育士、ベア先生。
ピンクのエプロンにツインテール、背は高くて体格も大きい。
両肩には、それぞれ園児がひとりずつ乗っていた。
「わぁ〜〜! たか〜いっ!」
「ベアせんせい、かっこいい〜!」
先生は笑いながら軽々と歩みを進める。
まるで森の巨人がやさしく子どもを運ぶよう。
登場した瞬間、教室の空気がぱっと明るくなった。
けれど――
その姿を初めて見たレオンくんは、息をのんで固まった。
大きな影、がっしりした腕、揺れるツインテール。
まるで“人のふりをしたクマ”のように見えたのだ。
「……おっきい……クマさんだ……た、たべられる……!」
小さな声でつぶやいた次の瞬間、レオンくんの顔が歪む。
「いやぁあああああ!!」
泣き声が部屋中に響き、ワゴンの影へ駆け込んだ。
肩の上の子たちはきょとんとし、ベア先生が困ったように笑う。
「クマさん……かぁ。うーん、まぁ当たりっちゃ当たり?」
ドン、と床が鳴る。
しゃがんだだけで部屋が少し揺れるように感じた。
その迫力に、レオンくんはますます涙目になる。
「や、やだ……たすけてぇ……!」
「わっ、ご、ごめんね!? 食べないから! ほんとに!
ほら見て、この手、クッキー焼くための手なのよ〜!」
ベア先生は慌てて両手をぶんぶん振ってみせた。
それがなんだかおかしくて、まわりの子どもたちがくすくす笑う。
ユウマがそっとレオンくんのそばに来て、背中をさすった。
「だいじょうぶだよ、レオンくん。ベア先生、見た目ちょっとゴツいけど、ぜったい優しいから」
レンもうなずいて、にこっと笑う。
「うん、クマっていってもね、冬眠しないタイプのクマさんだよ。ほら、ぜったい甘い系〜」
ベア先生がくすっと笑って返す。
「そうそう、甘いもの大好きなベア先生です〜!」
「……クッキー?」
「そう! おいしい甘いクッキー! だからね、こわくないよ。
ほら、触ってみる? あったかいでしょ」
レオンくんは涙を拭きながら、そっと指を伸ばした。
ふわっと包まれるようなぬくもり。
「……ほんとだ、あったかい」
「でしょ? ベア先生は“ほっかほか先生”なんだ〜!」
子どもたちがどっと笑い、レオンくんもつられて笑ってしまう。
さっきまでの涙が、いつの間にか乾いていた。
「じゃあ、ごあいさつがわりに――レオンくん、肩にのってみる?」
「えっ!? そ、そんなの……!」
言いかけたときにはもう、ふわっと体が持ち上がっていた。
広い肩の上、見渡す景色がまるで空の上みたい。
レオンくんの頬に風があたって、思わず声が弾む。
「たかーい! すごいっ!」
「よーし、その調子! しっかりつかまっててね!」
笑い声がはじけ、空気が軽くなる。
怖かった“クマさん”が、いちばん大きな味方に変わる瞬間だった。
⸻
その中で――ひとりの女の子が、そっと立ち上がった。
ふわりとしたピンクの髪、ラベンダー色の瞳。
光を受けるたびに淡くきらめく。
リリアちゃん。
まるで光が人の形をとったように可憐だった。
ベア先生が太鼓を叩くと、
リリアちゃんの足先が自然とリズムを刻み始めた。
とん、とん、とん。
その一歩ごとに、教室の空気がやわらかく震える。
両手をひろげ、くるりと回る。
髪がふわりと宙を舞い、スカートが花のように広がる。
その笑顔は、見ているだけで心があたたかくなるようだった。
タクトが小さく息をのんだ。
「……なんか、すごい。まるでステージみたいだ」
隣のユウマもうなずいて、目を細める。
「ほんと……アイドルが踊ってるみたいだね」
「すごい……リリアちゃん、まるでお星さまみたい」
「うん、踊ってるのに、光ってる……」
レオンくんが思わずつぶやくと、
リリアちゃんはくるりと振り返り、笑って手を差し出した。
「いっしょに、踊ろ?」
ベア先生が太鼓を鳴らす。
ドン、ドン、トン、トン。
音に合わせて、園児たちが笑いながら輪をつくる。
レオンくんもその輪に入り、リリアちゃんと手を取り合った。
「いち、にっ、さんっ!」
声をそろえて飛び跳ねる。
床が小さく響いて、部屋全体が歌っているみたいだった。
ベア先生の笑顔がやわらかくなる。
「みんな、すごいすごい! 元気がいちばんの宝物だねぇ!」
「ねぇ先生!」リリアちゃんが声を弾ませる。
「ベア先生って、ほんとはクマさんの妖精さんでしょ?」
「えっ!? ばれた〜!?」
どっと笑いが起こる。
笑いすぎて転んだレオンくんを、ベア先生が軽々と抱き上げた。
「よーし、だっこリフト〜!」
「わーっ!」
笑い声が重なり、お遊戯室は夕陽の色に包まれる。
⸻
リズムの時間が終わるころ、
みんなで手をつないで輪になっておじぎをした。
「ありがとうございましたー!」
ベア先生は、ゆっくり息をついて笑った。
「うん、今日もすっごく元気でえらかったね」
リリアちゃんがにこっと笑って言う。
「ねえ先生、また踊ろ? つぎはもっとキラキラにするの」
「もちろん!」
その瞬間、お遊戯室の天井で吊るされた星型モービルが、
ひときわ強く光を放った。
淡い光が輪を描き、リリアちゃんの髪に反射する。
まるで本当に、光そのものが踊っているようだった。
――その夜も、園の窓には光がゆらめき、
子どもたちの笑い声が、まだ風の中に溶けていた。
⸻
🕊 次回予告
第13話
光は、悪を焼かず、ただ包み込む。
――それが彼の敗北であり、やさしさの証でもあった。
銀の針が、静かに世界を縫い合わせる。
光の勇者は、やさしい布の中で眠りにつく。
⸻
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