第11話 キラキラわっか
夕暮れの風が、街の角をやさしく抜けていく。
小さなタイヤが、かすかに「コロコロ」と音を立てた。
セラフィン先生が押すお散歩ワゴンの中には、数人の子どもたちが乗っている。
今日は、少し遠くまでのお散歩だった。
空の色もオレンジから紫に変わりはじめ、
子どもたちはみんな、どこか不安そうにワゴンの縁を握っている。
先生は後ろからやさしく声をかけた。
「大丈夫よ。もうすぐ保育園に着くわ。
ほら見て、あの信号、今ちょうど“青”よ。がんばって帰ってきたごほうびみたいね」
ワゴンの中で、小さな笑いがこぼれる。
「ごほうび〜?」
「ぼく、赤のほうがすきー!」
「赤はね、“とまれ”の色。ちゃんと見てたら、みんなを守ってくれる色なのよ」
先生の言葉に、子どもたちは「ふーん」とうなずきながら顔を見合わせた。
線路のそばを通ると、カタンコトンと音が響いた。
「せんせい、でんしゃ!」
「そうね、がんばってお仕事してるね。きっとおうちに帰る人を乗せてるの」
「ぼくたちも、おうちかえるの?」
「ええ、もちろん。あなたたちのおうちは――あったかい保育園よ」
子どもたちの表情が少し曇ってきたころ、
セラフィン先生はふっと立ち止まり、ワゴンの側面にぶら下がっている小さなぬいぐるみを手に取った。
それは、黄色い羽根とまるい瞳をしたトリの人形――ピヨン。
羽をそっと揺らしながら、先生はおなかのあたりを軽く押す。
「こんにちは。ぼく、ピヨンだぴよ」
柔らかな声が風に混じって響くと、
子どもたちは自然にその声へ顔を向けた。
「ピヨンしゃん、おさんぽいっしょ?」
「そうよ。ピヨンもみんなといっしょにがんばってるの」
先生はピヨンをワゴンのふちに座らせ、微笑む。
「ピヨンはね、泣きそうなときに“だいじょうぶだぴよ〜”って言ってくれるの」
その言葉を聞いて、子どもたちは小さくうなずいた。
「……だいじょうぶだぴよ〜」
一人がまねをすると、他の子も声を合わせる。
風が通り抜け、ピヨンの羽がゆらりと光を反射した。
その光が子どもたちの頬をやさしく照らし、
ワゴンの中には静かな笑いとぬくもりが広がった。
セラフィン先生はピヨンを見つめ、そっと言った。
「ありがとう、ピヨン。おかげでみんな、もうこわくないね」
子どもたちは安心したようにうなずき、
ワゴンの縁をぎゅっと握り直した。
その声は、夕風に溶けて、やさしく響いた。
先生はハンドルを軽く押しながら、道端の花壇を指さした。
「見て。あそこ、ちいさなお花が咲いてるわ。白いのはシロツメクサ。ピンクはカタバミよ」
「かわいいー!」
「きっと今日のお日さまに“ありがとう”って言ってるの」
子どもたちは身を乗り出して花を見た。
次に、電柱のそばで羽を休めている虫に気づく。
「せんせい、あそこにむしさん!」
「ほんとね。あの子もおうちに帰るところかしら。ちゃんと小さな足で、がんばってるね」
「ちっちゃいねー!」
「でもね、どんなに小さくても、みんな一生けんめいなの。だからすごいのよ」
先生の言葉に、子どもたちは目を丸くして、その虫を見送った。
少し歩くと、道の向こうにコンビニの看板が見えてきた。
赤・緑・オレンジの光が夕焼けの中できらめいている。
「せんせい、あれなに?」
「お店よ。がんばった人が“おやつ”を買いに行く場所」
「おやつ〜!」
笑い声が広がる。
「おやつの時間はまた明日ね」
郵便ポストの前を通ると、先生はそっと指をさした。
「この赤い箱、知ってる? お手紙を運ぶおうちなの」
「おうち?」
「そう。だれかの“だいすき”を運ぶの。ちゃんと届くようにね」
子どもたちは「へぇ〜」と感嘆の声をあげた。
ワゴンの中では、それぞれが小さなおもちゃを抱えていた。
ちいさなぬいぐるみ、木のブロック、風車。
どれも園で人気の宝物たち。
そして――
淡い光を放つ輪っかを手にした男の子がいた。
レオンくん。
短く刈り上げた淡い金髪が、夕日に透けて揺れる。
風を受けるたび、その髪はきらきらと光を返し、空の色を映して踊った。
澄んだ水色の瞳は、雲のすき間にのぞく青空のように澄んでいる。
その中には、隠すことを知らないまっすぐな気持ちがそのまま映っていた。
レオンくんは輪っかを握りしめ、風の向こうを見つめて笑う。
その笑顔は、まるで朝の風みたいに――
触れたものすべてを、やさしく動かしていった。
セラフィン先生が微笑む。
「それ、“キラキラわっか”ね。最近人気のおもちゃみたいね」
レオンくんは胸の前で輪を掲げた。
「うん。ぼくの、ちょっと特別なんだ。気持ちで色が変わるの」
そう言って輪をくるりと回すと、ふわりと光が弧を描き、虹の粒がワゴンの中を舞った。
その光は、レオンくんの笑顔に呼応するように少し明るくなる。
「わぁ……!」「きれい!」
「ふふっ、それはきっと、みんなの心がきれいだから光ってるのよ」
さっきまで強ばっていた園児たちの顔が、少しずつほころんでいく。
光が頬に反射して、みんなの表情があたたかく染まった。
セラフィン先生はワゴンを押しながら、そっと言った。
「ねえ、みんな。
空を見てごらんなさい。ほら、今日の夕焼け――とってもきれいでしょ」
子どもたちは一斉に見上げる。
紫と橙が混ざった空の中に、ひとすじの飛行機雲。
レオンくんの輪っかの光と重なって、ほんの一瞬、空が虹色に染まったように見えた。
「すてきね、レオンくん。
“キラキラわっか”が、みんなの笑顔をつくってるみたい」
レオンくんはうれしそうに笑ってうなずいた。
「ぼくね、これ見てると、ドキドキするの」
「ふふ……そのドキドキ、大事にしてね。
きっと、その気持ちが光をきれいにしてるのよ」
先生の声は、まるで夕焼けのようにやさしく、
子どもたちの不安をそっと溶かしていった。
風が通り抜け、街路樹の葉がゆらゆら揺れる。
子どもたちは笑いながらワゴンの中で身を寄せ合う。
「ねえ先生、もうすぐ?」
「ええ、すぐよ。ほら――見えてきたでしょ?」
セラフィン先生はハンドルをそっと押した。
夕日の中、ワゴンの影が長く伸び、
保育園の門の前で静かに止まった。
――その門の向こうから、あたたかな灯りと、やさしい歌声がこぼれていた。
⸻
🕊 次回予告
第12話 クマさんは甘いにおい
リズムの時間に登場したのは、
大きな体とツインテールがトレードマークの――ベア先生。
見た目はちょっぴり怖いけれど、ほんとは誰よりも優しい“ほっかほか先生”です☀️
初めて会ったレオンくんは、「た、たべられる〜!」とギャン泣き。
でもその大きな手のぬくもりに触れた瞬間、
涙は笑顔に変わっていきます。
そして、リズムの音に合わせて踊り出すリリアちゃん。
光のように可憐なその姿に、みんなの心がときめいて――
遊戯室は笑いと拍手でいっぱいに。
クマさんのにおいは、甘くて、やさしい。
今日も園には、あたたかい時間が流れています🍪✨
⸻
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