第10話 あそぼうの歌

朝の光が園舎の窓をやわらかく照らしていた。

小鳥の声が遠くで響き、園庭の砂が陽を反射して白く光っている。


セラフィン先生が静かにオレンジ色のワゴンを押して、門の方へ向かっていた。

エプロンの裾が風に揺れ、長い銀髪が光を受けてきらめく。

その微笑みは穏やかで、どこまでもやさしい。


特に誰に告げるでもなく、いつものように。

それでも気づいた園児たちは、窓辺から小さく手を振る。


「せんせー、いってらっしゃーい!」

その声に、セラフィン先生はふと立ち止まり、

振り返ってやさしく手を振り返した。


ワゴンは空っぽ。

だが、そこに確かな重みがあるようにも見えた。

門が静かに開き、オレンジ色のワゴンが陽の中へと押し出されていく。


それは、いつも通りの“おさんぽ”の風景。

けれど、タクトの胸の奥には、小さな棘のような違和感が、かすかに残っていた。



午後。

教室にはスープの香りがまだ少しだけ漂っていた。

フクフクバードを前にして座っているタクトの表情は沈んでいる。

その隣で、ユウマが声を落とした。


「ねぇ……シホちゃん、ほんとに“転園”したのかな」


タクトの手がぴたりと止まる。

積み木の角が、机の上で小さな音を立てた。


「……どうして、そう思うんだ」

「だって……先生たち、いつも通りすぎる。

シホちゃんのこと、誰も話さないし……

あのワゴン、いつも出るときは空っぽなのに、帰ってくる時には――」


ユウマの言葉が途中で止まった。

タクトの目が、どこか遠くを見ている。


その瞬間、教室の空気がほんのわずかに揺らめいた。

吊るされた星型モービルが、光を受けてゆっくりと回る。

花瓶の花がほころび、木々の枝が窓の外で小さく弾んだ。


「♪あそぼう、あそぼうよ〜」


どこからか、小さな歌声が聞こえた気がした。

ユウマは、息をのむ。

花が笑い、人形が手を振っている。

タクトもつられるように、積み木を手に取る。


「……あれ、なに話してたっけ?」

「え? ……なんだっけな」


ふたりは顔を見合わせて笑いあう。

やがて、積み木が塔を形づくり、ユウマが拍手をした。

教室のあちこちから笑い声が弾む。


その時、マリア先生先生のスマートフォンが震える。

書類を整えながら、そっと視線を向けた。

瞳の奥で、淡い光が一瞬だけきらめく。

――異常、検知。

けれど、彼女は何も言わない。

ただ穏やかに微笑んで、子どもたちの方を見つめていた。



夕方。

窓の外には茜色の空。

オレンジ色のワゴンが、園庭をゆっくりと横切っていく。


「おかえりなさーい!」

園児たちが一斉に手を振る。

セラフィン先生は、静かに微笑み、やわらかく手を振り返した。


「せんせー、おそとどうだった?」

「きっと、風さんが“こんにちは”って言ってたよ」

「わぁ〜、いいなぁ!」


笑い声が重なり、部屋の中がやさしい光に包まれる。

タクトもユウマも、その輪の中にいた。

笑いながら、積み木を高く積み上げていく。


――その日、夕陽はいつもよりも穏やかで、

 教室の窓辺に、あたたかな光を落としていた。



断章:忘却あそぼうの歌


♪あそぼう、あそぼうよ🌷🎵

 てをつなご にこにこしよう🧸

 むずかしいことは かんがえないで

 こっちきて いっしょに あそぼう🐇⭐️


 


♪ないてたことも もういいよ

 ここでは みんな えがおだよ🐤🌳

 おそらのしたで おいかけっこ

 ほら ひかりが まっている🌞🎈


 


♪おいでよ おいでよ こわくない

 ゆめのなかでも あそべるよ🧸🌷

 めをとじたら きこえるでしょ

 あそぼう あそぼうよ――🐇⭐️🎵



🕊 次回予告


第11話 キラキラわっか


きらめく輪っか、笑い声、夕焼けの空。

すべてがやさしい。

だからこそ、誰も気づかない。

「おうちへ帰る」という言葉の、本当の意味に――。


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