第3話 居城を手に入れる

 我が城を手に入れる。


 異世界の魔境アポカリアで築いた、かつての居城。

 あの豪華絢爛にして広大無辺の御殿が懐かしい。

 再現といきたいところだが、現世では幾重もの障害が立ちはだかる。


 現世の器——田中優介は一介の高校生にすぎない。

 資金も乏しく、法律上の契約能力すら持たない。

 そのうえ、この身は人間社会の加護に縛られている。


 まずはここまで育て上げた両親に話を通すのが、筋というものだろう。

 俺は、魔族のエリート。

 粗雑な人間どものように、恩を踏みにじる真似はしない。


「パパ、ママ。僕、一人暮らしがしたい」


 夕餉ゆうげをとるダイニングで、静かに話を切り出す。

 円卓を囲む一同が驚いたように顔を上げた。


「おにぃ……それ本気?」


 瑠華るるかが怪訝そうにこちらを見た。

 妹の無愛想ぶりは相変わらずだ。


「……優介、急にどうしたの?」


 母の夕貴ゆきが眉を寄せて覗き込む。

 昔から過保護だった。田中優介の不甲斐なさの根はここにある。


「まだ高校一年生だ。家を出るには、早すぎないか?」


 諭すような口調で、父——慎仁しんじが問う。

 この父親は理知的なタイプだ。しかし厳しさに欠ける。

 魔境では獅子が我が子を千尋の谷に落とすがごとく、荒れ地に放り出すのが教育だった。


 純粋培養。そのせいでこの体たらくだ。

 だが、せっかく被った弱者の仮面。

 便利に使わせてもらうぞ。


「……実は僕、学校でいじめられているんだ」


 夕貴が口を押さえ、沈痛な表情になる。

 驚くのも無理はない。田中優介はそれを隠していた。

 心配させまいと、家では笑顔を作り続けた。

 汚れた制服を自分で洗い、小遣いで文具を買い足す日々。

 まったく——くだらぬ忍耐だ。


「一人で暮らしたところで、意味なんてないかもしれない——」


 真摯に言葉を紡ぐ。

 アポカリアと違い、ここ日本では誠実さが美徳だろう?


「でも、何かを変えなきゃ。僕は……強くなりたい」


 視線に、強い意志を込める。

 十六年間で初めての反抗だ。

 その意味に気づけないほど、俺の家族は愚かじゃない。


「……わかった。パパの弟が不動産をやってるから、すぐに借りられる空き部屋がないか聞いてみよう」


「パパ……」


「近すぎても嫌だろうが、あまり遠くを選ぶわけにもいかない。パパもママも、まだ子離れの覚悟ができていないんだ。わかってくれるね?」


「……うん、ありがとう」


 チッ。両親の監視はしばらく続きそうだ。

 だが、そのおかげでスマホを手に入れる算段もついた。


「連絡、毎日するからね」


「うん、ママ」


「……ふん、勝手にすれば」


 瑠華は素っ気ない。

 この妹のふてぶてしい態度も見納めか。

 感傷的になるとは、俺もずいぶん日和った。


 我が城が手に入る。

 いずれ人間界を支配する魔族。

 その居住空間が小さな賃貸とは、皮肉なものだ。

 せいぜいふさわしい部屋を見繕うんだな、慎仁の弟よ。


 とはいえ、だ。

 元魔族の猜疑心がささやきかける。

 善良な人間であろうと、裏の顔はわからない。

 念には念を入れ、慎仁の弱みを握っておく。

 この先、約束を反故にされてはかなわんのでな。


 静かに目を凝らす。

 看破の異能『魔眼インサイト』。

 対象の隠れた弱点がその頭上に浮かび上がる。

 悪いな、慎仁パパ

 秘密——握らせてもらうぞ。


『優介は養子』


「なっ——!?」


「どうした、優介?」


「あ、なんでもないよ。はは」


 俺が、養子!?


 重ねて『魔眼インサイト』を発動し、さらに深く見透かす。

 ふむ、事故死した友人夫婦の、身寄りのない一人息子……なるほど。それが優介か。

 天涯孤独の赤子を、千尋の谷から拾い上げた。

 人間の情は度し難い——が、見上げた心意気ではある。

 尊敬に値するぞ。


「……おにぃ、なんか変じゃない?」


「あ、いや、覚悟が決まって緊張してきただけ。瑠華と離れるのも寂しいし」


「ふぅん……あっそ」


 となると、瑠華は義理の妹になる。

 要するに血のつながりがない。

 道理で似ていないわけだ。

 身内の贔屓目だが、瑠華は才徳兼備で容姿端麗。

 両親の優秀な面を見事に継承している。


 なぜ、気づかなかった。

 年子の同級生である時点で、疑ってもおかしくなかっただろう。

 加えて、学内のカーストは天地の差がある。


 田中優介。おまえは、つくづく凡愚の器だな。

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