第5話
彼と恋仲になってからも、私たちの日常はほとんど変わらなかった。
手を繋いで帰る帰り道、彼の手にはいつもサイダー。彼の隣で飲むサイダーは、特別おいしかった。
しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。
高校一年の冬、私は重い病気にかかっていることを知った。
最初は、きっと治るものだと信じていた。でも、違った。もう長くは生きられないこと、治療が困難であること。私はすぐに、彼から離れることを決めた。彼に、私のせいでつらい思いをさせたくなかった。それに、私のこんな姿を、彼に見せたくなかった。
病を宣告された次の日、「サイダーじゃないものが飲みたい」と彼に言った。
病の影響で、冷たい炭酸が体に障るようになっていた。それ以上に、彼の隣でサイダーを飲むのが怖かった。強い炭酸の刺激が、私が手放さなければならない、きっと手に入れられない「未来」を突きつけてくるような気がした。
ココアを飲む私の隣で彼が笑う。彼が飲むサイダーは、どんな味がするんだろうか。そんなことを考えていた。
彼もやがて、サイダーを飲まなくなった。私の病気がばれているのではないかと不安になった。でも、少し嬉しかった。
高校三年。もうすぐ二年の記念日が来る頃。私の体調は刻一刻と悪化していった。これ以上、彼と一緒にいたらだめだ。私が彼を縛ってしまう。
「今日はサイダーにしない?」
あの日、彼と飲んだ最後のサイダーの味を思い出す。
これで終わりにしなければいけなかった。私はもう、これ以上一緒にいられないから。
「プシュ」と気の抜けた音が響く。
それが、どうも空前の灯火となった私の命のようだった。
「別れたいんだよね。」
仕方がなかった。そう言うしかなかった。
「距離、置いてみたいんだよね。」
「長い間一緒にいすぎて、好きなのかよく分からなくなっちゃった。」
そう言い訳して、私は無理して笑った。
泣きたかった。本当は、ずっとあなたの隣で、サイダーを飲み続けたかった。
あなたの笑った顔を見続けたかった。その顔を私だけに見せてほしかった。
「そっか」
優しく微笑み返す彼。それ以上何も言わないし聞いてこない。
ずるいよ、君は。やっぱりずるい。そんな顔されたら、本音が出てしまいそうになる。彼はいつもそうやって、私の気持ちを察して、穏やかに受け入れてくれる。私がこれまで、どれだけこの人の優しさに救われてきたか。それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
「ーーーサヨナラ」
私は、彼とコツンとサイダーをぶつけ合った。
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