黒の約束〜魔術師サラの探しもの〜

@kh262728

プロローグ:夢と現実の狭間

――私は、ずっとあなたを探している。


――あの日から、ずっと。


――これからも、ずっと。


-----


夜の空が、血に焼けて赤く染まっていた。

土埃と血の匂いが肺を満たす。


痛い。寒い。血が流れる。熱い。


声は出ない。身体も動かない。

私はただ、赤い空を見上げるしかなかった。


「……ソフィア……」


優しく、けれど悲しみに濡れた声。

その名を呼ばれ、力を振り絞って顔を向ける。


そこにいたのは――黒髪の、最愛の人。


「陛……下……」


震える手を伸ばす。

彼は泣き声を押し殺しながら、頬を濡らしていた。


赤い空。血の匂い。


轟音と咆哮が、世界を蹂躙していく。


視界の奥で、白い影が揺れた。

血に染まった赤黒いドレス。


その身体を抱き起こす陛下の大きな手が、私の頬を撫でる。


涙が、落ちた。


その瞬間、空が震えた。


漆黒の巨影。

龍が舞い降りる。


瞳から零れた雫は、悲しみそのもの。

陛下と私に寄り添うように、静かに降り立つ。


「アル……ヴィト……様……」


爪を持つ龍が姿を変える。

闇の中に立つのは――もう一人の最愛の人。


陛下と同じ顔。けれど、瞳に金の紋が揺れていた。


震える手を握られ、血に汚れた頬に頬を寄せられる。


(……温かい……)


「ソフィア……俺も共に逝こう。護ると、約束したからな」


アルヴィト様は陛下へと視線を向けた。


「俺はソフィアの魂を護ろう。お前は――」


陛下が髪を撫で、静かに言葉を紡ぐ。


「私は……いつか生まれてくる“君”を護る。例え、何があっても。何十年でも、数千の年でも……“君”を待とう」


「陛……下……だ……め……」


意識が薄れていく。


交わされるはずのなかった誓いが結ばれていく。


その言葉が黒龍を魔力に変えていく。

温かさが胸に流れ込むのに、心臓は締め付けられる。


「私……は……陛下の“鎖”に……なんて……」


最後に見たのは――

最愛の人が、一人、涙を流す姿だった。



-----


夢を見ていた。

血に染まる空、名前を呼ぶ声、そして消えていく意識。


目を覚ますと、そこはいつもの天井。

私はサラ。帝都ラーベルに仕える宮廷魔術師。


(……悲しい夢、だったな)


胸が締め付けられる。


知らないはずの景色なのに、なぜか涙が出そうになる。


頭を振り、深呼吸する。


今日は任務がある。精霊の森に出没する“謎の魔術師”の調査。


(今は夢よりも、目の前の任務を――)


そう自分に言い聞かせ、杖を手に部屋を出た。


けれど、胸の奥で――あの夢の声が、まだ消えなかった。

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