二年後〜シロ〜
ぼくとはじめての石売り
ここは、セルの工房。
レモンとセルは、それぞれ、真剣になにかひとりごとをつぶやいていた。
「うーん……ヴェノム……いや、ヴェネノム……」
レモンは解毒魔法を考えているみたいだ。さっきは、守護魔法を強化してるとも言っていた。
セルはセルで、ブツブツずっと色々な石とにらめっこしながら呪文みたいなことをつぶやいている。
そういえば、こないだは爆発を起こしていた。びっくりして見に行ったら、本人はケロッとしていたけれど。
ぼくは剣で色々試してみたけれど、やっぱり、魔物が相手じゃないからなのか、腕や足から剣が生えたりとか、剣が盾みたいに巨大化したりはしなかった。
することがないので、ぼくは、洞窟で拾った、黄色いきれいな石を持って、洞窟から出た。
町にさしかかると、入り口のあたりに、小屋みたいなお店があった。
「なんでも売ってるよー! なんでも買うよー! ガラクタ以外はね! さあ、寄ってらっしゃい!」
お店の前で、気の良さそうな笑顔のおじさんが、大きな声で呼びかけている。
ぼくは、
「こんにちは」
と声をかけた。
「いらっしゃい! おっ、いいの持ってるね。ここに置いて置いて!」
おじさんは満面の笑顔で、さっさっとテーブルの上をはらい、イスに座った。
ぼくは、言われるがまま、持ってきた石を、机に置く。おじさんはルーペでじいっと見て、「ふんふん、ふんふん」とうなずいた。
「兄ちゃん、これは黄水晶だな。これくらいでどうだ?」
そう言って、引き出しから、札束を出してきた。
うわあ、すごいな。
「うん……」
僕が答えようとした時、
「黄玉だけど?」
背後にいつの間にかセルが立っていた。
じっとりとした目つきで、お店のおじさんを見ている。
「えっ」
おじさんの顔からサッと笑みが消える。
「それ、
セルはゆっくりと言う。
おじさんはセルと、ぼくのわたした石を見て、あわてて満面の笑顔になって言った。
「あ、そうそう、黄玉だね! いやあ、そうじゃないかとはおもってたんだけどさあ、たしかに黄玉だわ! すごいね! どこで採ったの?」
「そんな金額じゃあ、全然足りないですよね」
セルは冷たく言う。おじさんは慌てて、もう一束札束を出す。
「行こうシロ。話にならない」
セルはおじさんを無視して石を手に取ると、ぼくに呼びかけてスタスタと店を出てしまった。
「あ、まって」
ぼくが後を追うと、背後でおじさんの舌打ちが聞こえた。
……こわ。
ぼくはそそくさとお店を出た。
「ああやって、初心者をだまして安く買おうとする人なんて、ごまんといるから」
セルはそう言って、洞窟の方に向かう。
「いい人そうに見えたんだけどなぁ……」
ぼくは首をかしげる。
「笑ってる人が、いい人だとは限らない」
セルは妙に含みのある声で言った。
「むしろ、笑顔でなにかを隠してる人だって多い」
「そっかぁ……」
ぼくがうつむくと、セルは足を止めて、ぼくを見て、
「気にするな。はじめはだれだって、ああいう人に一度は引っかかるものだから」
と、声をやわらげて言った。
「セルも引っかかったことあるの?」
「俺は、石のことではないけど……笑顔にだまされたことなら、山ほどあるよ」
セルは笑った。その笑顔は、少しさびしそうに見えた。
気を取りなおすように、洞窟の方を見て、
「俺がいい店教えるから、そこで売るといい」
と、ぼくの背中にそっと手を置いた。
町から少し離れた、洞窟の近くに、小さな丸太小屋があった。扉は大きく開いている。
その中で、棚に石を並べている男の人がいた。
あの人が店主さんらしい。きちんとした服を着ていて、メガネをかけていて、なんだか、大人って感じの人だ。
「こんにちは」
セルが声をかけると、その店主さんは、こっちをチラリと見て、軽く会釈し、手を止めた。
そっと椅子に腰を下ろし、
「こんにちは。石ですか? 細工ですか?」
静かな声で聞く。
「両方お願いします」
セルはぼくの黄玉を机に置き、自分のカバンから、別の石細工を取り出した。赤い炎のような細工だ。
「ああ、いいですね」
店主さんはうなずき、石細工を手に取る。
「この石は、
「ありがとうございます。双月祭は見たことないんですけど、たいまつに火をともすと聞いて、この細工をつくりました」
セルは静かに言った。
「そうですか。……一度見てみるといいですよ。来週です。美しいですよ。あなたの創作にもきっと、よいインスピレーションを与えてくれると思います」
ふたりは淡々と話している。
なんか、思ったより仲良いのかな? よくわからないけど。
「……元気そうでよかったです」
店主さんが、静かな声で言った。
セルのことだと気づくのに少し時間がかかった。
「やっぱり、あなたの石細工が一番誠実です」
ぼくは、お店の棚を見た。奥にある棚の上に、セルのらしい、青い花の石細工が飾られている。「非売品」と書かれた札を添えて。
セルは、不意をつかれたようにまばたきをしたが、少し照れたように笑って、
「ええと……あれ以来、石は売ってなかったんです、いい店が見つからなくて」
と言う。
「ここにお店、移動したって聞いたので……すみません、急に来たりして」
どうやら、セルもこの人に会うのは久しぶりだったらしい。
店主さんは、
「とんでもない、うれしいものですよ、昔からのお客様に来ていただけるのは」
と、静かな笑顔を見せた。
なんとなく、さっきの人とは違う、ウソのなさそうな笑顔だ。
「町は町で楽しいです。色々な人がいます。けれど、やっぱりどこか、疲れますね。あの頃よりずいぶんと、人も増えて……。一層の頃は良かった」
そう言って、ぼくの方を見て、
「そちらの方は、なにか売るものがありますか」
ぼくが黄玉を差し出すと、店主さんは、じっくりと時間をかけて、光を当てたりしながら、ルーペで表面を舐めるように見ていた。
「さっきの人と全然ちがう。こんなにていねいに見るものなんだね」
ぼくがセルに小声で言うと、セルはうなずいた。
「さっきの人のやり方は、論外。ありえないから。この人のやり方が本来のやり方だってよく覚えといて」
そうなんだ。
やっぱり本物を知るのが大事なんだなあ。石も、人も。
店主さんは、さっきの人とは比べ物にならないほど高額な金額で買い取ってくれた。びっくりしてセルを見たけど、セルは当然という表情だった。
そんなにすごい宝石なら、拾った時に教えてくれればよかったのに。
まあ、ここに連れてきてくれたんだから、いいか。
そのあと、セルは石を買った。穴がたくさんあいた石や、黒い硬そうな光沢のある石。
「また来てもいいですか」
セルが言うと、
「ええ。もし移動する時は、連絡します」
と、店主さんは言った。
「なんか、セルがあの人をオススメしてくれたの、わかる気がする」
お店を出て歩きながら、ぼくは言った。
「うん、誠実な人だから」
セルはうなずく。
「なんか、少しセルに似てるよね」
ぼくはつぶやく。
お店の中はきっちり片づいていて、店主さんは大人っぽくて背が高くて、シャンとしていて、見た目は似てはいない。
けど、どことなく、そんな気がしたんだ。
「ええ? 似てはいないよ、全然……あんなに大人じゃないし」
セルは苦笑いしてぼくを見る。
「そういうことじゃなくてさ……」
ぼくは頭をかく。
「ええと……石を大切に扱ってくれるよね」
セルは、
「うん……」
とうなずき、チラリと、お店のある方に目をやった。
「……あんなふうに思ってもらえてたんだ。初めて言われた」
小さな声でつぶやいた。
セルの工房に戻ると、ちょうどレモンが、扉を開けて、外に出てくるところだった。
「あ、あなたたち、お昼ご飯は食べた?」
そう聞かれて、ぼくらは顔を見合わせる。
…………忘れていた。
そういえばお腹がすいている。上を見上げると、太陽は空高く輝いている。もう真昼なんだ。
「もう、シロまで……信じられないわね。まったく、町まで行ってなにしてたのよ」
レモンはあきれたようにため息をついたが、ポンと手を打って、
「ねえ、せっかくだし、みんなでお昼ご飯食べに行かない? オススメの店があるの」
と言った。
「え、俺はいい……」
セルは断ろうとするが、レモンはその手をパシッとつかみ、
「たまにはしっかり日の光あびて、ちゃんと食べないと。洞窟探索のために力をつけなくちゃ、ね」
有無を言わせぬ勢いで、セルの手を引いて、一層の坂を登っていく。
ぼくもしかたなく、二人の後を追い、今来た道を引き返した。
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