ぼくらの町歩き、双月祭への思い
町につくと、なんとなくさわがしい雰囲気だった。
あちらこちらに、人々が行き交っている。
「もうちょっとそっち、そう、そこだそこ」
南側の海岸では、声をかけ合いながら、大人たちがたいまつを立てている。
「双月祭の準備をしてるのね」
レモンが言う。
「双月祭?」
ぼくは首をかしげる。聞いたことがあるような、ないような。
「この島に昔からあるお祭りなんですって。ああして海にたいまつをともして、火と水の神に、一年の無事をお祈りするのよ」
「火と水の神?」
「そう、そういう言い伝えがあるんだって」
「神さまがいるの? ていうか、神さまってなに?」
ぼくが尋ねると、レモンは困った顔をして、
「わたしもよくは知らないけど……教会もあることだし、神父さんなら知ってるかしらね」
と、双月堂の方を見る。
「まあ、神なんてもんがいるかどうかは知らないけど、祭なんてどこもそんなもんじゃない?」
セルはあまり興味がなさそうだ。
レモンは、町の、公園のそばにある、おしゃれなレストランを指さして、
「あそこよ、オススメのお店」
と言った。
レストランの中はきれいで、こぢんまりとしている。
「すごく、おしゃれなお店だね」
ぼくはレモンに言った。
「でしょう?」
レモンは慣れた手つきでメニューをめくる。
「どれもおいしいんだけど、特に、魚介を使った料理がおいしいのよ」
まわりの人たちが、チラチラとぼくを見ている気がする。ぼくと、セルを。
こういう視線はいつも、町でも感じているけれど、せまいお店の中だと、よけいに強く感じる。なんだか、落ち着かない。
「……柱が大理石だ。島外に発注したのかな」
セルは店内を見まわして、そんなことを言っている。
「セル、目のつけどころ、独特すぎない?」
レモンは笑いながら、店員さんを呼んで、ぼくたちの分も注文してくれた。
「おいしい!」
ぼくは魚介の島オリーブパスタをほおばった。
プリプリのエビや貝が、とてもおいしい。
「おいしいでしょ! ねっ、セルも」
レモンはニコニコしている。
「うん……」
セルは黙ってもくもくと料理を食べている。
「シロってフォークの使い方、上手ね」
レモンに言われて、ぼくは手元を見る。
ふつうじゃないかな?
レモンもとても器用に、ナイフとフォークを使っているし。
そう言うと、
「うーん、いや、記憶がない割にはってことよ。だれかに習ったり、教わったりしたのかしら?」
「親とかがいたのかな?」
セルも言う。
うーん……
なにも思い浮かばない。
ぼくはとりあえず、コップに口をつけた。
ランチのあと、ぼくたちは、「こどもの寮」に行ってみた。
広場では、オリーブさんと子どもたちが、お祭の準備をしていた。
紙で花や火を折ったり、石に絵を描いたりしている。
なんだか、こないだまでより子どもが少し増えている。
「子どもが多くて、みんな、楽しそうだね」
ぼくが言うと、オリーブさんは、困ったように、
「ここに子どもが多いのは、洞窟に行ったまま、戻らない親がいるからなのよ」
と言った。
ぼくは、ハッとした。胸を突かれたような気持ちだった。
そっと、無邪気な子どもたちを見る。
「セルー!!」
「剣の兄ちゃん!!」
こないだの子どもたちが、かけ寄ってくる。
「チャコのこと、お祈りするために、お花たくさん集めたよ!」
「お祈り?」
セルが聞き返すと、
「双月祭では、いなくなった人たちが帰ってくるように、花を集めて丘に飾って、お祈りするのよ」
オリーブさんが教えてくれた。
「以前からあった風習なんだけど、二年前から、すごく盛んになったの。チャコ、島のみんなに好かれていたから」
「カーマインもだよ」
一人の子どもが言い、
「そうね」
オリーブさんがうなずく。
「むしろ、カーマインがいなくなってしまったから、島主のお二人が花をそなえはじめて、広がったのよね」
「ねえ、二人って、魔獣をたおしたんでしょ? すごいんでしょう?」
子どもが無邪気に、オリーブさんに尋ねる。
「そうよ」
「それって、お話に出てくる、勇者さまみたいだね」
勇者――
その言葉は、なんだか、少し、重たく響いた。
レモンは、少し離れて、こちらを見ている。
「そうね。彼らが魔獣をたおしてくれたから、この町は助かったのだから」
オリーブさんは、静かに答える。
「でも、なんで帰ってこないんだろう」
1人の子どもがつぶやいた。
「チャコ、早く帰ってこないかなあ」
「今でも、パン持って、おはよーって来そうな感じ、するよね」
口々に言い、広場に戻っていく子どもたち。
セルはじっと、その姿を見て、
「……チャコールは、好かれていたんだな」
と、つぶやいた。
「なんで? なんでできないの!?」
悲鳴のような叫び声が聞こえて、レモンがパッとそちらを見た。
ぼくも、気になってそちら――双月堂の教会の方を見る。
神父さんが、知らない女性と話している。
「神父さんは、行方不明になった人を見つけられないってこと!?」
「わたしにできるのは、傷を癒すことだけです」
神父さんは申し訳なさそうに答える。
「じゃあだれが、行方不明になったうちの旦那を探してくれるの!?」
女の人は顔を紅潮させて、言いつのる。
「それは、討伐隊のみなさんが……」
「討伐隊にはもうたのんであるわ。でもあの人たちだって、ただの探検家、ヒトでしょう!? 神父さんはもっと、すごい魔法を使えるんじゃないの!?」
女の人は、すごいけんまくだ。
なんだか、無茶を言ってるように見えるなあ。
「わたしには大したことはできません……神に祈り、お力をお借りするだけです」
神父さんの答えに、
「なにそれ、役立たずじゃない!!」
女の人が感情的に怒鳴る。
「ちょっと」
レモンがツカツカと歩いて行って、二人の間に割りこんだ。
一瞬のことだったので、ぼくはなにも言えなかった。
「洞窟の中で起きたことに、島の人々は責任を取れないわ。それはこの島に来た時に渡された契約書に、書いてあるはずです」
レモンは厳しい口調で言う。
セルを見ると、セルは、チラチラと教会と洞窟の方向を見くらべている。知らん顔して帰ろうか、考えてるのかもしれない。
冷たい話かもしれないけれど、正直、ぼくも、ここにいるのは少しこわい。
「なによ、このガキ」
女の人がゴミを見るような目でレモンを見て、吐き捨てる。
「ガキ?」
レモンはせせら笑う。
「なんの関係もない神父さんに、駄々をこねて八つ当たりしているあなたは、ガキじゃないとでも言うの?」
女の人の顔が真っ赤になる。なにかを叫ぼうとした時、
「レモンってば、さすがに言いすぎー!」
笑いながら、別の、中年女性が割りこんできた。
「げっ、アプリコットさん……」
レモンがあからさまにイヤそうな顔をする。
アプリコットさんと呼ばれた女性は、女の人に、
「あなたも大変ねえ、島の外の人でしょ? ご心配よねえ、旦那さんが三か月も帰ってこないんじゃあ」
と、親しげに話しかけた。
「えっ、なんで知って……?」
女の人は目を丸くする。
「でも大丈夫よー、ここの島主さんと討伐隊さんは、すごいんだから。ねっ、レモン!」
アプリコットさんは、満面の笑顔をレモンに向ける。
「はあ、まあ……」
レモンはひきつった笑顔で答える。
「……生きてる状態でお返しできるかは、保証しかねますけど……」
「なっ…………」
女の人は真っ青になる。
「レモンってば、正直すぎ!!」
アプリコットさんは大げさに驚いてみせる。それから、うんうんと、深くうなずいた。
「でも、そうねー、レモンは現場を知ってるし、二年前のこともあるから、どうしても、シビアな見方になっちゃうのよねー」
「二年前?」
女の人が、不安げな表情で、アプリコットさんを見る。
「二年前にねえ、あの洞窟に、魔獣が出たのよ! それはもう、とてつもないの! 突然! その魔獣を倒したのが、このレモンってわけ」
アプリコットさんは、一息でしゃべった。
「あ、ちょっと」
レモンがあわてて口をはさむ。
「倒したのはわたしじゃなくて、チャコと……」
「レモンってば、謙虚なんだからぁー」
アプリコットさんという人は、あんまり人の話を聞かないみたいだ。
「レモンがその場にいて、なんにもしないわけないでしょー。この子、すっごく強いし、すっごく仲間思いなんだから!」
レモンは怒ったような困ったような表情で、アプリコットさんを見ている。
女の人は、ポカンとしている。少しして、
「魔獣って……どんな……?」
と尋ねた。
「あたしも実物は見てないのよー、地下でのことだったから。ねっレモン」
アプリコットさんはレモンを見る。
「けど、火山がすっごい勢いで噴火して、大地震が起きて、洞窟からすごい魔力が噴き出してきて、なにごとかと思ったわ」
今度は女性を見て、
「知らない?大陸でも、ニュースになったって聞いたけど」
「聞いたことは、あります……」
女性は、呆然とつぶやく。
「旦那も、それで、それから、強い魔物が出るようになって、レアな宝石がたくさんとれるようになったって、言って、それで……」
声に涙が混じる。
「旦那さん、それで洞窟に潜ったのね」
アプリコットさんは、女性に、優しい声をかけた。
「でも、二年前には、魔獣と戦って、亡くなった人がいたって……」
レモンが息をのみ、あわてて口を開く。
「チャコは、」
「いやあ、亡くなったってわけじゃないわよ、行方不明なの」
アプリコットさんは、あっさりと言う。
「あと、そのあと、もう一人行方不明になっちゃった。島主の息子なんだけどね」
レモンがうつむく。
ぼくはセルを見る。
セルは、だまってレモンを見ている。
「でも、洞窟で行方不明になるって、それって……生きてるかどうかはわからないって、さっきその子が……」
女の人は泣き出す。
アプリコットさんは、女の人の背中をやさしくさすり、ハンカチをさし出した。
「あたしは、旦那さんが元気に帰ってこられるって、信じてるし、祈ってるわよ。もちろん、チャコも、カーマインもね」
アプリコットさんの声は優しい。
「ねえ、一緒に、双月祭でお祈りしましょうよ。旦那さんが、無事、帰ってこられるように。双月祭ではね、いなくなった人が無事に帰ってくるように、花を、海の見える丘にそなえてお祈りするの。そうすると、声がその人たちに届くって、言われてるのよ」
さっき、子どもたちとオリーブさんが話してた話だ。
女の人は、静かにうなずき、ふと、神父さんの方を見て、
「あの。さっきはごめんなさい」
と、謝った。
神父さんは静かにほほえんで、
「あなたに、神のご加護がありますように」
そっと手を合わせた。
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