レモンとセルと、ぼくの怪我

 工房の中に、ふっと静けさが訪れる。

「シロ!」

 セルが駆け寄ってくる。レモンも走ってくる。

「大丈夫?」

「うん……ちょっと痛いけど……いたっ」

 起きあがろうとした瞬間、左足に強い痛みが走り、ぼくは悲鳴を上げる。見ると、左足が変な方向に曲がって、右足の倍くらいに腫れている。

 ……うわあ。

「折れてるわね」

 レモンが言い、ぼくの左足に手をかざす。

「白花色の光よ、黄金色の手を差し伸べよ。

このはらからの、傷を癒やし、病を癒やせよ。

血は血へと還るべし、骨は骨へと還るべし。

――サナ・レプレティ・ルミネ」

「……っ」

 ぼくは息をのむ。

 あたたかい光に、ぼくの左足が包まれた。

 セルも黙って見つめている。

 みるみる腫れが引いて、痛みもやわらいでいく。

 ゆっくりと、光が薄くなり、消えた。

「……痛くない」

 ぼくはそっと足を触る。足の指も動く。

「……すごい……」

 思わずレモンを見る。レモンはまだ厳しい表情だった。

「ごめんね。……ごめんなさい」

 レモンがぼくに頭を下げる。

 ぼくは戸惑ってしまう。

「え?なにが?」

「わたしがセルリアンに突っかかったりしたから、シロに怪我をさせてしまって……」

 そういえばそうだったっけ。忘れていた。

「あ、俺も、ごめん」セルも慌てて言う。「あんなとこでする話じゃなかった」

 それはそうなんだけど。

 でももとはと言えば、ぼくがレモンにセルの言葉をそのまま伝えなければ、ケンカにまではなってなかった気もするな。

 だから、

「ううん、二人が悪いとかじゃないよ」

とぼくは言った。

 レモンはまだ暗い顔をしている。

「骨はしっかりはつながってないと思うから、あとは教会で治してもらいましょう。支えるからシロ、立てる?何か、添え木になるものないかしら……」

「添え木、か……」

 セルがスッと立って部屋の奥に行き、何かを持ってきた。――瓶に入った、白い粉だ。

「あら?それ、石膏せっこう?」

 レモンが尋ねるとセルはうなずく。蓋を開け、粉を手に取り、唱える。

「――その象牙ぞうげ色のてのひらで包み込み守れ、焼石膏プラスター

 白い粉がぱあっと足の回りに渦を巻いて集まり――左足に、ほのかなあたたかさを感じる。

 次の瞬間には、ぼくの足を包んだ粉は、石みたいにカチカチに固まっていた。

 そっと触ってみる。硬い。

 コン、と叩いてみる。全然痛くない。

 少し重いけど、足も持ち上げられそうだ。

「ええ、すご……」

 レモンが目を見張っている。

「さっきの魔法もそうだったけど、まるで石が生きてるみたい……」

「まあ、石は生きてるから……」

 セルはつぶやき、あわてて口をつぐむ。

 レモンは「生きてる、か……」と感心したようにつぶやいた。

 セルはちょっと意外そうな目でレモンを見たが、何も言わなかった。


「これでよし。あ、そこどいて」

 レモンがミルキーワームのまわりに次々と魔法陣を描いていく。

 ぼくとセルは大人しく、言われるままにどいて、部屋の壁際に身を寄せる。

「蒼い光よ、時の灯よ。次元を超えて、この物を運べ。深淵の彼方にいざないたまえ。ミテ・アリース・ローチス」

 レモンが魔法をかけると、ミルキーワームの死骸がフッと消えた。

「すごい、あんなに大きい死骸が。どこに行ったの?」

 ぼくがつぶやくと、

「さあ?行った先で消滅するはずだから、あまり気にしてないわ。この洞窟のどこかよ」

 レモンはこともなげに答えた。

「場所まで細かく指定すると魔力使うからね。まだまだ魔法は使うから、省エネよ」

 そう言って今度は家の壁際に魔法陣を描いていく。

「イヤだったら言って、消すから」

「え。あ、いや……」

 セルは戸惑った様子でモゴモゴとつぶやき黙る。

 そして、ふいに「あ」とつぶやき、青い石と緑色の石を持ってレモンの方に行った。

「これも置いてもいいか?」

「いいけど、何の石……あ!」レモンはパッと明るい表情になる。「翡翠!」

「あ、そう。翡翠と瑠璃」セルはレモンの反応にちょっと驚きつつ、玄関の横にその石を並べる。「魔除けや厄祓いの魔力があるから……」

「お守りよね。チャコにもあげてたでしょう?」

 その言葉にセルの手がふっと止まり、

「……うん。……あの、あんたが、ペンダントにしてくれたって……」

「あの指輪、とても美しかったわ」

 レモンは優しい眼差しで翡翠と、セルを見下ろす。

 セルはそっと顔を上げ、レモンを見て、フッと目をそらす。

「あの。あんたの魔法陣も、すごいな」

「これ?覚えちゃえばあっという間よ」

「いや、こんな複雑なの覚えられないし」

 セルはちょっと呆れたように口の端だけで笑う。

「それになんか、見たことない模様がところどころ混ざってる」

「あ、そうそう、ちょっと変えてみたの。この方がスライムみたいな液状の生物にも強くなるのよ」

「ちょっと……変えてみた……?」

 セルは異国語を聞いたような顔をして、それからクスッと笑った。

「ありがとう。あんた、すごいんだな」

「すごいの?」ぼくは聞く。「たしかに、すごく速かったね」

「うん、まあ、速いのもそうだけど」セルはぼくに言う。「そもそも、決まってる魔法陣以外の魔法陣を描くのはかなり難しいんだ。詠唱もそうだけど。少しでもズレると、効き目が消えてしまったり、暴走することもある」

「そうなんだ。それはすごいね」

 ぼくはため息をついた。見た目が複雑できれいなだけでもすごいと思ってたけど、そんなに難しいことをやってたのか。というか、あのレモンの詠唱も、そんなすごかったんだ。

「ああ」セルはうなずく。「チャコールが言ってた通りだな」

「チャコールが?」レモンは意外そうな目をして、それから、ほほえんだ。

「あの子、わたしのこと、怖いって言ってたでしょ」

 その目は笑っているが、少しさびしそうに見えた。

「いや……」セルは遠い目をする。「いつも、仲良くなりたい、力になりたいって言ってたよ」

「……そうなの……」

 レモンは少し黙った後、笑って「あの子らしいわね」と言った。

「なんか、こんな強い仲間がいるなら、俺のお守りなんて余計なお世話だったかも」

 セルは自嘲気味に言う。

「それは違うわ」

 レモンは思いのほか力強く返した。そして少し優しい声になって、

「チャコール、大切にしてたわよ」

と言う。

「それに、お守りって、強いとか、そういうことじゃないでしょう?」

 セルは黙っている。

 少し気まずい沈黙が流れる。

「まあでも」レモンは明るい声を出す。「あなたの魔法こそ、聞いたことも見たこともないものだわ。すごいじゃない」

「俺のは……」セルは目をそらし、「石の声を聞いてまかせてるだけで、大したことはできないよ」とつぶやいた。

「それにしても金塊、残念だったわね」

 レモンが遠慮がちにセルに言う。

 セルは「あ?ああ、まあ、水銀は金や他の金属を溶かすからしかたない」と淡々と返した。

「でも、高価なものでしょう?もっ……」

 レモンは、「もったいない」と言おうとしたみたいだったけれど、そのまま口を閉じた。

「らしいね?前に四層で見つけたんだ」

 セルはあっさり答える。

「らしいねって」レモンはあきれる。「あの大きさなら、この家建て替えられるくらいの大金にはなるわよ」

「そうなんだ、でもまあ建て替えなくてもいいし……」

 セルはあっさりしているが、ぼくは少し驚いた。

 そんなにすごいものが、一瞬で溶けちゃったんだ……

 あの銀色の液体を使った魔法、ちょっと怖いな。

「そういう問題?まあ、セルリアンがいいならいいけど」

 レモンは苦笑いする。

 ぼくはふと不思議に思い、

「でも、セル。その青い石の板は、一生懸命守ったのに」

 つぶやくと、レモンは

「そうそう。だから金塊が溶けた時、わたし焦ったのに、あなた全然気にしてなさそうにするから、驚いたわ。そんな金塊より大切なものって一体……」

 レモンはセルが抱えている板を見て、ふっと言葉を止めた。

 ぼくもつられて、セルの持つそれを見る。

 透き通った青紫の石でできた、それは、写真立てだった。

 フレームの中、ベッドに座ってほほえむ少女。

「チャコールの部屋にあったやつだ」

 ぼくがつぶやくと、セルは写真をサッと隠し、

「いや、写真は。別だし。これしかないし。俺、人の顔すぐ忘れるから」

と、こちらを見ずに、あわてたように早口で言う。

 レモンはしばらく黙っていたが、

「……とりあえず、教会にいきましょう」

と言って立ち上がった。

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