ぼくの剣と、レモン・イエローの魔法

「気をつけて。来るわ」

 レモンの声に、ぼくはあわてて体勢を立て直す。

 ズンズンと、ゴーレムがせまってくる。

「蒼き風よ、白き大気よ。純白の翼となってわたしを空へ誘いたまえ。舞い上がれ、アルバ・アリス・ヴェンティ!」

 レモンは僕を抱えたままヒラリと飛び立ち、ゴーレムをかわし、岩陰に僕を下ろす。

「危ないから、あなたはここに隠れていて」

「あれ、何?」

 ぼくは尋ねる。レモンはチラリとゴーレムを見て、

「岩ゴーレム。クリスタルスライムを全身に、鎧のようにまとっているわ」

と早口で答える。

「ええ?スライムを?」

 ぼくは岩の隙間からゴーレムを見る。

 たしかに、岩がつながり合ったような人型のゴーレムの、胴回りと肩あたり、それと頭に、トゲトゲした結晶を持つスライムが、まるで防具のようにはりついている。

「すごい。ゴーレムって、そんなことするの?その、スライムを、つまり、利用してるってことだよね?」

 ぼくが尋ねると、レモンは「前はそんなことはなかったんだけどね」と、ゴーレムから目をそらさずに答える。

「最近、洞窟のゴーレムや魔物たちが、知恵をつけているの。気をつけないと危ないわ。でもまかせておいて。二層の魔物は、光に弱いの」

 レモンはそう言って、ばっと飛び出し、ゴーレムに向かって杖を突き出し、

「黄金色の天の灯よ。我が掌に宿りたまえ。闇を裂き、罪なき者の道を照らせ。その輝きで、一点の曇りなき裁きをもって、打ち砕け。アウレウム・ルミニス・フルクトゥス!」

 ものすごい早口で詠唱した。

 カッ――ととてつもない光の波動が、レモンの手から放たれる。あまりのまぶしさに目がくらむ。

 スライムがゴーレムから落ち、逃げた。光の波動はそのままゴーレムの右腕を直撃した。

 ゴトリと、腕が落ちた。

 ――すごい。

 ぼくは息をのむ。これならゴーレムも、ひとたまりもないだろう。そう確信した。

 ところが――

 ゴーレムは意に介さず、レモンを無視してぼくの方へ向き直り、あれっと思う間もなく、一直線に突進してきた。

「あっ!駄目!」

 レモンのあわてた声が響く。

「あわわわわ……」

 ぼくは夢中で、両手を顔の前に出す。

 と。

 その手に、白い剣が現れた。

 考える間もなく、そのまま剣をつき出す。

 心の中で思い切り叫ぶ。

 切れろ――!!


 ゴリッ。


 重く鈍い衝撃が、剣を通して、ぼくの両手を襲った。

 ぼくの目の前で、ゴーレムの左足がズルッとスライドし、体から離れて、地面に落ちた。

 ドスン……と地響きが衝撃を伝える。

 ゴーレムはぐらりと、バランスを崩す。

「黄金色の天の灯よ――一閃の裁きをもって、打ち砕け。アウレウム・ルミニス・トラベム!」

 すかさず、レモンの詠唱が響く。

 シュバッ!!

 鋭い光線が、ゴーレムの首元を襲う。

 ガキイイイン!

 ゴーレムは砕け散り、岩屑となってガラガラと崩れ落ちた。


「すごいじゃない、あなた!」

 レモンがこちらへ駆け寄ってくる。

 ぼくは少し笑ってみせた。

 本当はまだ、ドキドキしている。切れなかったらどうなっていたんだろう。そう考えると背筋が寒くなる。

「そんなに強いだなんて思わなかったわ」レモンは頬を上気させて言う。「ここのゴーレム、硬くて、そのへんの剣では歯が立たないのよ」

「そうなの?」

 ぼくは剣を見る。剣は白く、きらりと光った。

「そうよ、一体、その剣どこから――」

 レモンが、ふと、言葉を止める。まじまじと、ぼくの持つ剣を見る。

「……その剣……」

「えっ?」

「……いえ、なんでもないわ。ちょっと、知り合いの剣に似ていた気がしただけ」

 レモンは首を振る。「でも違うわね。あれはもっと大きかったし、たしかもっと、青く光ったりしていたし」

 そしてにっこりと笑顔を作り、ぼくを見る。

「わたしはレモン・イエロー。あなたは?」

「ぼくは……シロ」

 ぼくは答えた。

「シロ?……ふうん」

 レモンはちょっと考える素振りをした。変わった名前ねとか聞かれるかなと思ったが、何も聞かずに彼女は、

「ね、シロ、ちょっと休んでいきましょう?」

と言って、そばの岩に腰を下ろした。

 ぼくもつられてその場に座り、レモンを見上げる。

 金色の、背中まである長い髪。青い目、整った顔立ち。白い肌。

 そして、その凛とした声には、やはりどこか、聞き覚えがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る