ぼくと、レモン・イエローとの会話

「わたしは、島の探索隊に所属してる、魔導士なの」

 レモン・イエローは水筒からコップに水をそそぎ、ぼくに渡してくれた。

「きのう、あいさつしてるの見た」

 ぼくが言うと、彼女は微笑んだ。

「覚えていてくれたのね、ありがとう。わたしは、二年前に北方大陸から来たの」

 レモンは少し遠くを見るような目をする。金色のまつ毛が、たいまつの光に照らされてキラッと光る。

「この島の洞窟は、昔から有名なの。深くて、何層にも分かれてて。どの層でも珍しい鉱石や宝石が採れて、三層なんかは、本来なら生えるのに時間がかかる鍾乳石が、採っても採ってもニョキニョキ生えて。あと、珍しい魔物が出て。……わたしはずっとここに来たくて、十七歳の時に、両親に頼みこんで、この島に単身移ってきたの」

 けれど――と、レモンはため息をつく。

「二年前に――あることがあってから、ここは変わってしまったわ」

「あること?」

 ぼくが聞き返すと、レモンは静かにうなずいた。

「二十年前の魔獣が……復活したの。なんとか抑え込んだのだけれど……その魔力の残滓は、この洞窟に残ってる」

 初めて聞く話だ。

 二十年前の魔獣って、何だろう。

 けれど――

 なんだか、記憶の奥底を、引っかかれるような感じがした。

 チャコールの泣き叫ぶ声が、聞こえた気がした。

 ぼくは思わず、あたりを見渡す。

 薄暗い巌窟。

 ぼくとレモン・イエロー以外に、誰もいない。

「魔物は力をつけ、洞窟の人たちを襲って鉱石や食料を奪うようになった。中には洞窟から町まで出てきて、人を襲うやつもいる」

 レモン・イエローはそう言って、ふと笑顔をぼくに向けた。

「でも大丈夫。わたしたち探索隊がやっつけてるから。リーダーの島主さんは、すごい人なのよ」

「そうなんだ」

 きのう見た、赤い髪の男の人を思い出す。

「ええと、バー……なんだっけ」

「バーミリオン。バーミリオン・レッドさん」

 レモン・イエローはそう教えてくれる。

「島で一番強い剣士よ。魔力を帯びた剣で戦うの。本当、すごくて。そう、カーマインそっくり……」

 その顔に影が落ちる。

 けれど振り払うように顔を上げて、笑顔を作る。

「それとね、島主の奥様、ガーネットさんも、すごい人なのよ」

「ガーネットさん?」

 聞いたことのない名前だ。

「そう。洞窟の中を管理していて。町の管理も。こんなふうになってからも、洞窟に出入りして、中の構造や魔物の変化を分析して、わたしたちに伝えてくれるの。それに、町を守るために、一晩で、強力な魔法陣を、町のまわり全部に配置したり」

「ふうん……強そうだね」

 ぼくにはよくわからないけど、なんかすごそうな気がしたので、そう言った。

 レモン・イエローはうれしそうに、「そうなのよ」と言った。

「レモンも、強そうに見える」

 ぼくが言うと、

「全然!わたしなんか全然よ」

 レモンは顔の前で手をヒラヒラ振る。

 そうかな……?

 さっきの魔法はすごく強そうに見えた。あんな魔法を次々と使って大きなゴーレムも倒しちゃうのは、すごいことなんじゃないのだろうか?

「なんだか、わたしばっかりしゃべっちゃったわね。次はあなたの番ね」

 レモンがぼくに問う。

「シロ。あなたは、ここで、何をしていたの?」

「ええと……」ぼくは正直に答える。「剣の練習をしに来たら……きれいな石があったから」

「そうなの。でもここは危ないから、洞窟の外でやった方がいいわ」

 レモンは立ち上がった。

「いい広場を知ってるの。案内するわ」


 一層に戻るための鎖は、とてもじゃないけどぼくには届かなかった。

「魔法も使えないのに、どうやってここを登るつもりだったの?」

 レモンに聞かれたけど、答えられなかった。

 何も考えてなかった、としか言いようがないからだ。

 ここからセルリアンを呼んでも聞こえないだろうし……。

「これからは、もうちょっと考えてから、歩くようにする」

 ぼくがつぶやくと、レモンは笑って「それがいいわ」と言った。

「深き翠の生命の蔓よ。蒼き碧の命の芽吹きよ。ここに集いたまえ。その腕を伸ばし、我らを救いたまえ。ヴァリディス・ヴィエナ・アルム!」

 レモンが唱えると、するすると生き物のように、緑色の蔓が降りてきた。それにつかまると、そのまま一層へと引き上げてくれた。すごい。

「転移魔法でもいいんだけど、一層には植物が多いから、こっちの魔法の方が相性いいのよね」

と、レモンは言っていた。色々な魔法を知ってるんだなあ。


「シロはどこに住んでるの?」

 一層を歩きながら、ふとレモンが聞いた。

「えーと、きのうは、この一層の、友だちの家に泊めてもらったんだ」

 ぼくは答える。

「え、友だち?ここに住んでるの?洞窟の中に?」

 レモンは足を止めてぼくを見る。

「うん……」

 レモンの聞き方はなんとなく尋問みたいで緊張する。

「こんな危ないところ、もう誰も住んでないと思ってた」

 レモンはあたりを見渡す。

「なんて人?その友達。どうやって知り合ったの?」

「ええと……」ぼくは考えながら答える。

「セルリアンっていう人で……」

「――セルリアン?」

 レモンの声色が変わった。はっと目を見開いてぼくを見て、それから顔をしかめて考え込む。

「ええと……ええと、だれだっけ、その名前、絶対聞いたことがある……。たしか、チャコの……」

「チャコ?チャコールを知ってるの?」

 ぼくは思わず聞く。

「えっ?あ、ええ」

 レモンは少し戸惑った様子でうなずく。

「あ、そうか」

 ぼくは思い出した。

「セルリアンが、チャコールがいなくなったのはレモンのせいだって言ってた。そうなの?」

「――は?」

 レモンの目の色が変わる。

 ……あれ。なんかまずいこと言ったかな?

「……シロ。もう一度聞いていい?」

 レモンはにっこり笑顔を作って、ぼくの肩に手を置く。

「セルリアンは、チャコがいなくなったのはわたしのせいだって言ってるの?」

「え、ええと……うん」

「そう……」

 レモンは笑顔のままだけど、なんとなく怖い。目が笑ってないというのだろうか。

「どういう意味かしら?」

「わ、わからない」

 ぼくはそう答えるしかない。

「教えてもらってないの?」

「う、うん」

「そう、じゃ、一緒に聞きにいきましょうか」

 レモンはぼくの肩に手をかけたまま、

「セルリアンの家に案内してちょうだい」

 有無を言わせぬ凄みで、そう言った。

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