巨大樹との戦いと、白い剣

「お、お前、それ……」

 ぼくがいつの間にか手に握っていた白い大剣。

 それを見て、セルリアンは驚愕の表情になる。

「お前、それ、今、どこから出した?」

「わ……」

 わからない、と言おうとしてぼくは慌てて口をつぐむ。

 また怒らせてはかなわない。

 セルリアンは起きあがろうとして顔をしかめた。

 怪我してるのかな?

 ぼくは少し迷ったが、剣を握ったまま、そっとセルリアンの方に近づく。

 

 その時だ。

 

 半開きの扉から、何かがするりと侵入してきた。

「!?」

 ぼくは目を見張る。

 それは――つるだった。茶色く太い、植物の蔓。

 ぼくの表情に気づき、セルリアンがハッとして自分の背後を見る。しかし一歩遅かった。

 蔓はあっという間にセルリアンに絡みついた。

「わっ!」

 セルリアンは慌てて床に散らばった石に手を伸ばす。しかし届かず、蔓に引っ張られて扉の外へ引きずり出されて行った。

 ぼくは慌てて扉の外へ飛び出す。

 そこには、さっきまではなかった、巨大な木が鎮座していた。太い蔓状の枝が四方に伸び、うねっている。その枝の一つに巻きつかれ、セルリアンが宙に浮いている。

「この!」

 セルリアンが小刀みたいなものを必死で振るい、自身を締めつけている枝に切りつけている。が、びくともしていなそうだ。

「セ、セルリアン!」

 ぼくが叫ぶと、セルリアンはぼくに気づき、

「おい、危ないぞ!家に隠れてろ!」

と叫んだ。

 ――こんな時にまで、ぼくの身を案じてくれるのか。

 さっきまであんなに怒っていたのに。

 不思議な人だ。

 ぼくは剣を構える。巨木を見据える。セルリアンが目を見開く。

「おい――」

「えいっ!!」

 ぼくは剣を虚空に向かって思い切り振った。

 

 ザンッ!


 衝撃が両腕に伝わり、倒れそうになるのをなんとか踏みとどまる。

 衝撃波が樹の枝を砕き、セルリアンを捉えていた蔓を切り裂いた。

「うわあ!」

 セルリアンは地面に落下し、なんとか受け身をとる。

 そしてすかさずポケットに手を突っこむと、黄色の粉の入った袋を取り出し、ひとつかみして樹に投げつけ、

「その金色こんじきの炎で燃やし尽くせ――黄燐フォスフォラス!」

 宙を舞う金粉が瞬時に発火した。

 大樹に火の粉がふりそそぐ。

 ズゾ、ズゾゾゾゾ……

 大樹はゆっくりと身を縮め、洞窟の奥に引っ込んでいった。 

「……ふう……」

 セルリアンはため息を吐くと、ぼくを見た。

 どうやらもう、怒ってはいなそうだった。


 小瓶に入ったルミナ液をひたしたガーゼを、左腕の傷に当てて、包帯を巻き付ける。

 手慣れた様子で自分の怪我の手当てをすませたセルリアンは、「こっち来なよ」とぼくを呼んだ。

「ぼくは怪我してないよ?」

「いいから」

 近づくと、さっきの透明な石――虚玻璃うつろばりを、ぼくのひたいに当てる。

 さっきのことを思い出して思わずビクッとするが、セルリアンはもう怖い顔はしていなかったし、ひたいに当てられた石の感触はほのかにあたたかかった。

「――よし。これで虚玻璃うつろばりの残滓は取り除いたから、大丈夫だと思う」

 セルリアンはそう言って、石をぼくのひたいから離し、ふいとぼくから目をそらし、

「……さっきは、その、悪かったな」

 小さい声でボソボソと言った。

「え?あ、うん……さっきのは、魔法だったの?」

 ぼくが戸惑いながら聞くと、セルリアンはうなずき、

「この虚玻璃うつろばりは、人の心を映し出すと言われている。五層の奥で、稀にしか採れない、珍しい水晶なんだ」

と言った。ぼくは驚いてその石を見る。普通の水晶にも見えるそれは、でもたしかにその奥で、不思議な複雑な輝きを放っているように見えた。

 セルリアンは大事そうにその石を布で拭き、布の袋にそっと入れて、引き出しにしまう。

「……大事なものなの?」

 思わず聞くと、彼はちらりとこちらを見て「まあね、珍しいものだし……」と言う。

「だから魔法にも使ったことはない」

「え?でもさっき、ぼくに使って……」

「うん、だから使ったのはあれが初めてだ」

 ぼくはぽかんとしてセルリアンを見る。セルリアンはムスッとした顔で「何?」と言う。

「……すごく頭が痛かったんだけど……」

「うん、だから謝ったんだけど」

 あまり悪びれている様子もなく言うセルリアン。

「……人に試す前に、自分の体で実験してみたらいいのに」

 思わず恨みがましいことを言うと、セルリアンは顔をしかめてぼくを見た。

「できるもんならやってるって」

「え。できないの?」

 というか、できるならやるのか。

「うん、石の問題とかじゃなくて……俺が、自分に魔法使うの得意じゃないんだ」

 セルリアンはそう言った。よくわからないけれど、

「だからぼくが剣を振っただけで、吹っ飛んじゃったの?」

 ぼくが聞くと、セルリアンは心外だという顔をして、

「いや、お前なあ、あんな馬鹿力、誰だって……大概の人は吹っ飛ぶって」

「えっ、そうなの?」

 そんなすごい威力だったのか。セルリアンを吹き飛ばした時は、ぼくは目をつぶってたからわからない。

「そうだよ。ていうかあの剣!どこにやったんだ?」

 言われて気づく。いつの間にか、あの白い剣がなくなっている。

「ええと……」

 ぼくは無意識に、頭の中にさっきの剣を思い浮かべた。

 と、その途端。

 ぼくの右手に、白い剣が握られていた。

「…………出たな」

 セルリアンはまじまじと剣を見つめている。

「……そうだ、ね……」

 ぼくも剣を見つめてしまう。今、どこから現れたんだろう。

「……この剣、お前の……だよな?」

 セルリアンに聞かれ、

「わからない」

 ぼくは正直に答えた。

「また、わからない、かよ……」

 セルリアンは、はあー……と大きなため息を吐いた。

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