小さな工房と、セルリアンの怒り
島主の家は留守だった。
「ああ、バーミリオンさんなら今週は、青脈洞に潜ると言っていたよ」
向かいの畑で仕事をしていた年配の女性が教えてくれた。そして少しいぶかしげに、
「先週の会合でも言ってたし、みんな知ってるよ。あんたたち、この辺りの子じゃないのかい?」
と、ぼくと青髪の少年を交互に見た。
「…………」
少年は黙って会釈をすると、ため息をついて洞窟の方へ戻っていった。ぼくがついていこうか迷っていると、少し先で振り返って、
「……行くところが特にないなら、俺の家に来る?」
と言う。ぼくは慌てて、彼の後を小走りについて行った。
青脈洞の一層「萌葱の層」の中、中間地点を過ぎたあたり、少し奥に細い通路をたどったところ、洞岩壁の間に、小さな扉があった。鉄製だろうか、簡素な作りの、硬く冷たく重い扉を押し開けて、中に入る。
ひんやりとした空気が流れ、ぼくは目の前に広がる光景に、思わず足を止めた。
そこは、まるで洞窟の一部がそのまま工房になったような空間だった。壁も床も岩肌のまま。青みがかった灰色の岩肌が、淡い光に照らされている。
光源は、鉱石だった。薄く光を帯びたたくさんの鉱石が、壁にはめこまれていたり、天井からつり下げられたりしている。青白い光、白い光、緑色を帯びた光と、光の色も様々だ。
机の上には大小さまざまな石が散らばり、どれも半分だけ削られていたり、奇妙な紋様が刻まれていたりする。
――生きているみたいだ、と思った。
音がないのに、石たちが小さく呼吸しているような静けさがあった。
「俺はセルリアン・ブルー。ここで鉱石とかを加工したり、磨いたりしてる」
セルリアンと名乗った彼は、石机の前の椅子に腰を下ろす。それから気がついたようにぼくを見て、椅子から立ち、「座りなよ」と別の木の椅子を出してくれる。ぼくはそっと、その簡素な椅子に腰掛けた。
「あー……あんた、名前は?」
あらためて椅子に腰を下ろし、セルリアンがぼくに聞く。
「ええと……」
ぼくはしばらく考えて、正直に「わからない」と答えた。
「ええ……あ、そう……」
セルリアンは何か言いたそうな顔をしたが、何も言わず、しばらくぼくを見つめた後、目をそらし何か考えていた。そして、
「じゃあさ、あんた、逆に何か、覚えてることはないの?」
と言った。
「覚えてること……?」
「そう。そもそもなんでここ、この洞窟にいたのか、とか。ほかにもなんでもいいから、何か、」
「探してたんだ」
ぼくは言う。口にしてから、思い出す。
そうだ、ぼくはずっと探していたんだ。
灰色がかった黒髪の少女。
いつもみんなの前では笑っていて、いつも一人で苦しんでいた、彼女を。
「探してた……?何を?」
セルリアンの問いに、頭に浮かび上がった彼女の、その名を答える。
「チャコール」
「…………何?」
セルリアンの顔色が、さっと変わった。
ぼくは夢中になって、やっと思い出せた彼女の名を繰り返す。
「そうだ、チャコールだ。チャコール・グレイ。彼女を探してるんだ、だからぼくはここに」
「待て」
セルリアンが立ち上がる。ガタッと椅子が傾き、石の床に音を立てて倒れたが、それを起こそうともせず、彼はぼくを見つめ、低い声で尋ねた。
「なぜお前が、その名前を知っている?」
「えっ……」
ぼくは答えられない。セルリアンは繰り返す。
「なぜ彼女を知っている。答えろ」
「わ……わからない……」
ぼくが言うのと、
「ふざけるな」
セルリアンの目に、声色に、明確な怒りが混じるのが同時だった。
「何か知っているんだろ?何でもいいって言ってるだろ?話せ。それとも、隠してるのか?」
「セ、セルリアン……」
さっきまで無感情に見えた彼の豹変に、ぼくは戸惑う。
「セルリアン、怒っているの?」
「俺のことは関係ない!」
セルリアンは声を荒げると、左の机の引き出しを開け、透き通った、親指ほどの小さな石を、乱暴につかんだ。それをぼくに向ける。
「もういい。話す気がないのなら、話させてやる」
キュイイ……と音のような響きが唸り、透明な石の中が暗く色を変える。
「その身を持って心を映せ、
セルリアンが呪文のような言葉を唱えると、石の色がめまぐるしく変わった。青、碧、黒――
「うっ!」
瞬間、ぼくの頭を鋭い痛みが襲う。
「痛い!」
ぼくは頭をおさえてその場にうずくまる。
「やめて!」
セルリアンは聞いてくれない。石を掲げたまま、ぼくに一歩ずつ近づいてくる。
耳鳴りがひどい。頭が痛い。頭の中にたくさんのガラスの針が刺されてかき回されているようだ。
「やめてよ!」
ぼくは思わず、その痛みを払いのけるように右手を振り回した。
その右手に何かが触れる。
それが何かを考えている暇はなく、目を開ける余裕もなく、ぼくはそれをつかみ、セルリアンの方に向かって振り下ろした。
「ぐっ!」
ドオオン……!
すごい音が響き、地面が揺れる。
あれだけひどかった痛みが消え、ぼくは目を開けて頭を上げた。
工房の中はめちゃくちゃだった。あちらこちらに石が散らばり、砕けている。その惨状は一筋の線を描き、入り口の扉につながっている。そこにセルリアンが倒れていて、扉は彼の背後で半開きになっていた。
「……お、前、それ……」
セルリアンがぼくを指さす。ぼくの手を。
ぼくはハッとして、手に握ったそれを見る。
――それは、白い剣だった。
片手で持てているのが不思議なくらい、大きな剣だった。
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