ぼくの名前と、探索隊の少女
セルリアンの住居を出て少し入り口方面に進むと、開けた場所に出る。石天井に大きな裂け目ができていて、そこから日差しが入ってくる。草木も生えていて、ところどころに小さな花も咲いている。そこかしこに壊れかけた街灯や割れたランプ、古びた小屋などがあり、以前は人が住んだり商売をしたりしていたのだろうと思わせるが、今は人の気配が全然感じられない。
そこで、ぼくは剣を振るう練習をしていた。
「……なんか、少し光るね、剣を振ると」
そばの岩に腰かけて眺めていたセルリアンが言う。
ぼくも気づいていた。剣を振るうと、一瞬、白い剣の中心が、淡く青白く光る。
魔法だろうか?
そういえば、きのうセルリアンに向かって剣を振るった時も、あの大樹に剣を振った時も、直接切りつけてはいないのに、衝撃波みたいな力が出たっけ。
でもぼくは、呪文も詠唱も唱えてはいない。知らないし。
「詠唱破棄――ってやつなのかなぁ」セルリアンも首を捻っている。「それって本来、すごいことだと思うんだけど……」
「けど?」
「なんか、あんたのやり方見てると……雑」
雑、かあ。
たしかに、これじゃあただ剣を振ってるだけだ。今はいくら振っても衝撃波みたいなものは出ないし。
「じゃあ、どうすればいいんだろう?」
ぼくがつぶやくと、
「……俺を吹っ飛ばした時と、あの木に切りつけた時と、何かやり方変えてたりした?」
セルリアンが聞いた。
「え?」
「俺は多少怪我はしたけど、骨が折れたり体が切れたりはしなかった。けど、あの木は、あんな太い枝が、バッサリ切れた……」
セルリアンはそう言いながら顔色が少し悪くなる。
……たしかに。
「たしかに、同じ技なら、セルリアンをバッサリ切っちゃってたかもしれなかったのにね」
ぼくが言うと、「言うなよ……」とセルリアンはすごく嫌そうな顔をした。
「で?何かやり方変えたりしてたの?あんた的には」
「いや、意識してなかった」ぼくは首を横に振る。「夢中だったから。セルリアンにやった時は、とにかくあっちに行ってほしいと思って……目も開けられなかったから無我夢中で」
「まあ、あの時は俺もどうかしてたよ。ごめん」
セルリアンはため息をついて言った。ぼくはもう、そこまで気にしてないんだけどな。
「あの木の魔物の時は、とにかく、頭の中で、切れろ!って叫んでた」
「それだ」セルリアンはポンと手を打った。「切れろって念じて、言いながらあの木を切ってみて」
「わかった。……切れろっ!」
ぼくは叫んで、目の前の細い木に向かって剣を思い切り振った。
……何も起きなかった。
「うーん、チャコールはこうやってたんだけどな」
セルリアンがつぶやく。ぼくは彼を見た。
「チャコール、が、剣を使ってたの?」
「ああ、うん……」セルリアンはぼくの剣にそっと触れる。「使ってたよ、この剣にそっくりな、白い石の剣を」
「そうなんだ……」
「この剣の方が小ぶりだけど」セルリアンはくすりと笑みをこぼした。「チャコールは、自分の肩くらいまである剣を軽々持って、振り回してたから」
彼が笑ったところを初めて見たので、ぼくは少し驚いた。そして自分の剣を見る。
ぼくの剣は、地面からぼくの胸くらいまでの長さだ。十分大きいと思ってたけど、もっと大きい剣があったのか。
「それに、チャコールの剣と同じで」セルリアンはほとんどひとりごとのようにつぶやいた。「石の声が聞こえない」
「えっ?」
ぼくが聞き返すと、「なんでもない」と言ってセルリアンは立ち上がった。
「それにしても、お前……ホントに何も知らないんだな。魔法も剣も、この島のことも」
セルリアンはぼくを見下ろしてため息をつく。
「チャコールのことは、何を知ってるわけ?」
「ええと……」
ぼくは考える。なんとなく、あの白い部屋のことを話すのははばかられた。大体、思い出そうとしても曖昧だし。ただ、
「よく笑っていた、と思う」
脳裏に浮かんだのは彼女の笑顔だった。
そして、何かに耐える表情。
「あと、悲しんでた……いや、苦しんでた」
ぼくのつぶやきに、セルリアンがぼくをじっと見る。
「がまんしてた。がんばってた。いつも」
「……なにを?」
セルリアンが静かに問う。
「わからない……けど、多分、だれかのために」
――これでいいんだよね。
――ちょっとだけ、疲れちゃったな。
そんな彼女の言葉を昔、聞いた気がする。
「……ふうん」
セルリアンは何か言いたげにぼくをじっと見て、
「……お前、チャコールの何……どういう関係なの」
と聞いた。
「わからない……」
「ふふっ」
怒られるか、あきれられるかと思ったのに、セルリアンは笑った。
大人っぽく見えていたのに、笑うとなんだか、ぼくより幼い少年みたいだ、とぼくは思った。まあ、ぼくは自分の年齢がわからないんだけど。
「じゃあ、自分の名前は?」
わかってるくせに、セルリアンは聞いてくる。
「わからないよ……」
ぼくは困ってしまう。
「呼び名がないと不便だろ。白い髪に白い肌だし、とりあえず、シロって呼ばせてよ」
セルリアンは言った。
「シロ……」
ぼくはつぶやく。唐突につけられたその名は、不思議とスッと心になじむ気がした。
「わかった」
ぼくは答えた。
「セルリアンは……」
「セル、でいいよ」セルリアンは言った。「長いし呼びづらいでしょ」
「セルは、チャコールとどういう関係なの?」
さっき聞かれた質問を返してみた。
セルはちょっと虚をつかれたような顔をしてから、ふっと目をそらし、
「…………ただの、石職人と顧客だよ」
と、ぼそりと答えた。
洞窟に向かうと、何やら騒がしい雰囲気だった。このあたりにこんなに人がいたのか、と思うほど、人が集まってわいわいと騒いでいる。
「探索隊が戻ってきたぞ!」
だれかが叫ぶと、わっと場が盛り上がった。
「島主さんも無事だ!」
「岩ゴーレムはやっつけられたのかな?」
「とにかくお祝いだ!」
まるでお祭りみたいだ。
「あー……これは、しばらく洞窟が騒がしくなるな」
セルが無表情でつぶやいた。
洞窟の入り口に、赤髪の背の高い男性が見え、その後に数人、人が続いて出てくるのが見えた。
「あの赤髪の、あの人が島主」セルがぼくに教えてくれる。「バーミリオン・レッドって人。奥さんと、夫婦でこの島を取りまとめてるんだって。ああやって、時々探索隊を組んで洞窟に入って、島を襲う魔物を退治したりしてるみたい」
そう言われてみればたしかに、強そうな人だ。少し小高くなっている丘に登ったその男性の、袖からのぞく二の腕は引き締まって筋骨隆々って感じだし、赤みがかった目は鋭くあたりを見回している。その人が口を開いた。
「えー、みなさん。岩ゴーレムは無事、退治しました」
わっと歓声が上がる。
「まじか」セルが息をのむ。「先週洞窟から出てきて町を襲った、二層のゴーレムだ。もう倒すなんて……」
「退治できたのは今回の軍師長、彼女の尽力があってのこと。ここにあらためて、ご紹介させていただきたいと思います」
その言葉とともに、セルの声がぴたりと止まった。
金髪の若い女性――いや、少女と女性の中間くらいか。その女性が、島主・バーミリオンさんに背中を押されて、丘に登る。手には杖を持っている。遠目からも見えるほど長いまつ毛の下、青い目が群衆を見据える。
「レモン・イエロー」
その名にはどこか聞き覚えがあった。
「あいつ……!」
怒りを含んだその声に、セルを見る。セルは丘上のレモン・イエローをにらみつけていた。
「……セル、知ってる人?」
小声で聞くと、「知らない、会ったことはない」と怒りを押し殺すようにセルは言い、ふいと丘に背を向け、森の方へ歩き出した。
慌てて追うと、足を緩めず、まっすぐ前をにらみつけたまま、セルは小さな声で、ぼくにだけ聞こえる声で、吐き捨てるように言った。
「チャコールがいなくなったのは、あの女のせいだ」
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