軽井める

栗を茹でていると通知が来た。息を一つ吸い込んでコンロ脇のスツールに腰かける。スマホを手にしてメッセージを開くと文字と数字が並んでいた。それを読もうとするのだが、文字も数字も網膜を通り抜けて耳や喉の方に行ってしまう。脳はずっと黙っている。

と、キッチンタイマーが鳴る音がした。全身がびくっとしたがスマホをとり落すようなことはなかった。立ち上がり、コンロの火を止め、またスツールに腰を下ろす。

待っていた知らせだった。おそらくそうだろうとは思っていた。希望的観測などなかった、はずだったが、いざ来てみると、そこで全てが止まってしまったように何も考えられないのだった。しばらくそのままそうしていると友達から連絡が来た。二言三言交わし、時間と場所だけを決めて通話を切った。

のろのろと体を動かし身支度をしながらこれは現実なのだと思った。現実。いや違う。でも電話が来た。でも。頭の中でだけ何かがぐるぐる回っている。答えも出口も何もない。いっそ本当に何もなくなればいい。いつから。どこから。どうして。

窓に夕焼けの色が映っている。それを夕焼けの色だと思う。本当は何かが燃えているのかも知れない、実際のところ太陽が燃えているのだしそれは間違いではない。太陽、と口に出そうとして声が出ないことに気がつく。誰も聞いていない声を出す。太陽。太陽。何度か繰り返すと声が形になるようだった。誰も聞いていないのに。

出がけに栗をざるに上げた。そんなことができる自分を冷淡なのではないかと思ったがどうでもいいことだった。栗を茹でてどうするつもりだったのか、そういうことももうどうでもよかった。鍋を洗い、家を出た。


家に戻ってくると栗が冷めていた。もう夜なのだから当たり前のことなのだった。そうやって当たり前に襲われながら生きるのが生活なのだと思った。栗の実をひとつ手に取ると、温度と湿度と重さが感じられた。立ったまま栗の皮を剥き口に入れる。噛むと実が崩れて栗の味がした。そのままもう一つ皮を剥いて口に入れた。誰にも止められないので繰り返し皮を剥き栗を食べた。時折水も飲んだ。栗の味がしなくなるまで栗を食べた。

一粒だけ残しておこうかとも思ったが、そうすることにもそうしないことにも意味はないように思えた。可笑しかった。可笑しかったがそう思うだけで笑んだり笑ったりすることはなかった。

最後の一つを飲み込み、空を見ると月が出ていた。太陽は見えなかった。丸くも細くもない月だった。

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軽井める @karumeru

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