第2話 謎の少女との出会い
朝の光がまぶしかった。
窓の外から鳥の声がして、ようやく夜が明けたことを知る。
昨日、森で見つけたあの少女は、家に連れ帰ってからずっと寝たきりだった。
手当をするために服を脱がすと、体は傷だらけ。
魔物に襲われたのか、盗賊などから逃げてきたのか……何にせよ訳ありらしい。
体を拭いて、傷薬を塗り、包帯を巻き、ベッドに寝かせた。
医者を呼ぶにも、隣町まで行くのに数日かかる。
その間に死んでしまってもおかしくない。
できることは、祈るくらいだった。
「……ふう。こんな状況でも、腹は減るな」
そういえば、昨日からろくに食べていない。
飲まず食わず寝ず、で少女に付き添っていたのだ。
俺は台所で鍋を火にかける。
そのまま手際よく、朝食の準備をする。
安い塩漬け肉と野菜を煮込んだだけのスープ。
いつもどおりの、質素な朝だ。
「――いい匂い」
背後から小さな声がした。
振り向くと、少女が目を覚ましていた。
「起きたのか……!」
俺は朝食を取る手を止め、少女へ歩み寄る。
ベッド脇へしゃがんで、正面からその顔を見据えた。
金の髪はざくざくと短く切られ、毛先が不揃いに跳ねていた。
青く澄んだ瞳は、泉を思わせるほどに透き通っている。
一瞬で、美しい少女だと誰でもわかるほど、整った顔立ちだった。
俺は息をのんだ。
あまりに不釣り合いな傷と美しさが、目の前に同居していたからだ。
「な……何よ……」
かすれた声。まだ顔色は悪いが、その瞳には確かな意志の光が宿っている。
「い、いや。大丈夫そうだな。よかった」
俺はほっとして、その場に腰を下ろした。
「ここはどこなの……? 私は、確か……」
少女はきょろきょろと家の内装を見る。
「俺の家だよ。森で君が倒れていた所を見つけて、運んできたんだ」
「そう、だったの……。あなたが助けてくれたのね、ありがとう」
「気にすることないさ。たまたま居合わせただけだよ」
そう言って、椀を差し出す。
「腹、減ってないか? 無理はしないで――」
――くるる。
「あ……」
口より素直な、お腹の返事。
俺は苦笑しつつ、少女にスープの入った椀を持たせた。
少女はおそるおそるスプーンを取る。
一口すすると、ふっと目を見開いた。
「……おいしい」
「そうか……大した料理じゃないけど、気に入ってもらえたようで良かったよ」
「そんなことないわ。温かくて、優しくて……とってもおいしい」
言葉が妙に素直で、思わず笑ってしまった。
誰かに自分の料理を褒められたのなんて、いつ以来だろう。
「君、名前は?」
「名前……リュ、ミナ……リュミナよ」
「リュミナ。君はなぜあそこに倒れてたんだ?」
「それは……えっと、わからない。そう、わからないわ」
「……わからない?」
「え、ええ! 名前はリュミナ。でもそれ以外は、何も覚えてないの」
俺はリュミナの回答を聞いて、「なるほど」と顎に手を当てた。
恐らく嘘だ。
もしかしたら本当に、部分的な記憶障害を患っている可能性もあるが……名前以外何もわからないってのは怪しい。
明らかに何かを隠そうとしている雰囲気を感じる。
でも、無理に聞く気にもなれなかった。
「あ、あなたは? なんて名前?」
話題を逸らそうとしたのか、リュミナが俺に質問を投げてくる。
俺は淡々と答える。
「ランド・バーナード。この村の人間だ」
「へえ……ランドね、よろしく。貴方はこの村で生まれたの?」
「ああ。ずっとここだ」
言葉が途切れる。
「他の土地に行ってみたいとか、思わないんだ?」
「思わないよ……あー、いや、確か」
多忙な日々の中ですっかり忘れていたが、そういえば俺には、かつて夢があった。
それは『冒険者になって世界を回る』こと。
幼い頃に読んだ絵本の影響だ。
けれど実際にこの村を出たことは無いし、出たとしてすぐに魔物に殺されるのがオチだっただろう。
「そう、思ったこともあった。でも子どもの頃から、母の体が弱くてな。祖父母の介護もあったし。だから働きに出て、弟妹の面倒も見て……気づいたら、この歳だ」
リュミナはじっとこちらを見ていた。
「家族のために、全部背負ってきたのね」
「そんな立派なもんじゃない。やらなきゃいけなかった、俺しかいなかっただけだよ」
「でも、誰にでもできることじゃないわ」
その言い方があまりにまっすぐで、視線を逸らした。
「……もう終わったことだ。この家に残ったのは俺一人」
「これからは、どうするの?」
「どうするって……しばらくは、静かに暮らすさ」
「静かに、かぁ」
リュミナはスプーンをくるくる回しながら、ぽつりと言った。
「それじゃ、もったいないわね」
「もったいない?」
「ええ。だって、せっかく自由になったのに。何かしたいことはないの?」
「したいこと……」
そう問われて、言葉が出なかった。
幼い頃からただ働いて、家族を支えて、それがすべてだった。
答えあぐねる俺にしびれを切らし、リュミナは口を開く。
「私は、冒険者になりたいわ! 剣を片手に、仲間と一緒に世界中を旅するの!」
「冒険者……」
頭の片隅に、昔の光景が浮かぶ。
まだ子どものころ、祭りの日に村を訪れた冒険者たちの姿。
剣を腰に下げて、酒を飲みながら笑う男たち。
「……俺も子どもの頃、冒険者に憧れたことはあったよ」
「だったら、なればいいじゃない!」
リュミナが即答した。
「……俺が?」
「うん!」
「この歳で? 戦闘経験も無い、魔法1つろくに扱えない、37歳の……こんなおっさんが?」
「経験も、魔法も、年齢も全部関係ないわ!」
彼女はまっすぐに言い切った。
「やりたいって思う気持ちは、いつだって本物よ。大事なのは、今どうしたいかじゃない?」
「どう、したいか……」
言葉に詰まった。
笑い飛ばすつもりだったのに、できなかった。
彼女の瞳はまっすぐで、まるで本気でそう信じているようだった。
「……夢なんて、もう、見れないと思ってた」
「見るだけなら、タダよ?」
思わず吹き出す。
「はは、ずいぶん軽い言い方だな」
「だって本当でしょう」
リュミナは楽しそうに笑った。
その笑顔を見ているうちに、胸の奥がじんと熱くなった。
「ありがとう、リュミナ」
「え?」
「……いや、なんでもない」
しばし沈黙。
窓の外で風が吹く。
陽射しが木々の葉を揺らしていた。
穏やかな時間。
けれど、平和な時間ほど長くは続かない。
「――魔物だー! 魔物が出たぞー!」
遠くから、誰かの叫び声が聞こえた。
空気が一瞬で変わる。
リュミナが顔を上げた。
「今の、外……?」
「魔物が、現れたらしい」
「大変……! 衛兵は? それか騎士団を呼ばなきゃ!」
「騎士団だって? そんなもの、こんな田舎には無いよ!」
さも当然のように言ったな。
リュミナ……もしかして、結構都会の出身なんだろうか。
俺はスプーンを置き、立ち上がる。
「村の人たちを逃がさないと。行ってくる」
「わたしも行く!」
「なっ……リュミナはまだ体が――」
「大丈夫! もうすっかり元気だわ!」
リュミナの迷いのない目を見て、心がざわついた。
言っても聞かないだろうとわかる。
俺は短く息を吐き、うなずいた。
「わかった。行こう」
二人で外へ駆け出す。
冷たい風が頬を打った。
村の奥から、獣のような咆哮が響く。
静かな朝は、終わりを告げた。
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