第3話 破壊と創造、そして旅立ち
村の奥の方から、土煙が上がっていた。
「ハァッ……ハアッ……」
走るたび、胸が痛い。息が荒くなる。
37歳に全力疾走は辛い。が、止まるわけにもいかない。
子どもたちの泣き声、家を蹴破るような轟音。
こんな俺が行ったって何もできないかもしれない。
けれど、もしほんの少しでも、何か役に立てるなら。
「――いたわ! アレね!」
村の奥の広場。
そこにいたのは、熊のような魔物だった。
周囲には逃げ遅れた村人たちもいる。
「グルル……」
うなりを上げる魔物。
体は人の二倍、腕の筋肉は丸太のようで、牙の先から血が滴っている。
『
「リュミナ、下がれ!」
俺が叫んだ時には、もう遅かった。
リュミナは地面に落ちていた木の棒をつかみ、震える手で構えていた。
「み、みんなが逃げ遅れてるのよ! 時間を稼がないと……!」
「無茶だ……! 老人や子供を連れて逃げよう!」
「ダメよ! 全員救うの! 私は冒険者になる……冒険者は、人を守るの!」
声は震えていた。それでも、瞳だけは真っすぐだった。
足もとがふらついている。当然だ、昨日まで寝込んでいた身体だ。
俺は息を呑む。
怖いはずなのに、逃げない。
あの小さな背中が、やけに大きく見えた。
だが――。
「――グルアアアアアアッ!」
「きゃ……」
咆哮と共に、魔物の腕が振り抜かれた。
リュミナの体が宙に舞い、地面に叩きつけられる。
ぐしゃ、と嫌な音がした。
血が地面に広がっていく。
「リュミナッ!」
走り出していた。何も聞こえない。
ただ、胸の奥が焼けるように痛い。
「冒険者になりたい」と目を輝かせていた。
こんなおっさんの夢を笑わず、背中を押してくれた。
そんな彼女を、
「グルァ……!」
魔物がこちらを向く。牙を鳴らし、唸り声を上げる。
膝が震える。足がもつれ、転びそうになる。
だけど止まれない。
ただ前へ。
なぜなら、腹の底が煮え立つように熱いから。
どくん。
脳の奥で、何かが弾けた。
胃からマグマが逆流しだしたような感覚。
沸き立った破壊の衝動を、俺は止められない。
口が勝手に動いた。
「消えろ……!
「グル――」
世界が、揺れた。
黒い稲妻が走り、魔物の体を貫いた。
皮膚が波打ち、骨が砕け、空気が歪む。
音も光も一瞬で吸い込まれ、跡形もなく消えた。
静寂。
風の音さえ、止まった気がした。
「……っ、あ」
膝が崩れた。呼吸が荒い。喉の奥が焼けるようだ。
視界が霞む。体が自分のものでないように重い。
それでも、這うようにしてリュミナの元へ。
「おい……リュミナ」
返事がない。
「頼む、起きてくれ。冗談だろ……」
体をゆする。
何度も、何度も。
脈を探す。まだ微かにだが、指先に脈動を感じる。
けれどその温もりも、どんどん遠ざかっていく。
「やめろ。何とか言ってくれ。笑ってただろ、さっきまで……」
声が震える。
胸が潰れそうだ。
後悔が渦巻く。
なんで俺は彼女の前に立てなかったのだろう。
やりたいことも何もない、こんな三十路のおっさんが生きて、夢に溢れたリュミナが死ぬなんて。
逆なら、良かったのに。
「いやだ……頼む、頼むから……!」
頭の奥で何かが弾けた。今度は白い光だ。
温かく、優しく、そして眩しい。
考えるより先に、言葉がこぼれた。
「戻ってこい……
手の中で光が膨らむ。
リュミナの体に淡い輝きが走った。
欠けた腕の一部、抉れた脇腹、裂けた皮膚――それらが、白い粒子となって形を取り戻していく。
まるで見えない手で、彼女の肉体を創り直しているかのよう。
血が流れ、筋が繋がり、肌が再生する。
痛々しいはずの光景なのに、なぜか美しかった。
「生きろ! キミは、まだ死んじゃダメだ!」
その瞬間、光が弾けた。風が吹き抜け、草がざわめく。
リュミナの胸が……小さく上下した。
「……う、ん」
かすかな声。
彼女の指が、俺の手を握り返した。
「あ、れ……私……死んだのかと」
リュミナはゆっくりと目を開けた。
俺は涙が滲んで、彼女の顔すらよく見えない。
「よかった……本当に……」
力が抜けて、そのまま地面に倒れ込む。
意識が、闇に沈んでいった。
------
気づくと、真っ白な空間にいた。
音もなく、ただ光だけが満ちている。
その中央に、二人の女が立っていた。
片方は金の髪、もう片方は漆黒の髪。
優しそうな人と、勝気そうな人。
どちらも共通して言えるのは、凄まじく高貴なオーラを放っていることと、とんでもない美人であること。
《オレたちの力、一度に両方を使ったか。無茶をする》
黒髪の美女が言った。
《ふふ。初めてが『出会ったばかりの少女のため』だなんて、貴方らしい》
金髪の美女が笑った。
どちらも聞き覚えのある声。
昨夜――現実だったのかは怪しいが――教会で俺に祝福を授けてくれた声だ。
ということは、この二人は。
「……神、様?」
二人はゆっくりと頷いた。
しぐさ一つとっても上品で、美しい。
《いかにも。オレが破壊神ディア》
《私は創造神アウル》
《お前が力を使ったことで、我々との間にわずかな繋がりが生まれた》
《今、それを伝って顕現しているのです》
「そ、そうですか……あの、俺は今、どういう状況なのでしょう」
問うと、神は優しく笑った。
《案ずるな、死後の世界などではない》
《現実世界での貴方は、意識を失っているのです》
《破壊の力の代償である『肉体へのダメージ』と……》
《創造の力の代償である『精神へのダメージ』が、同時に生じたのでしょう》
なるほど。
言われてみれば、森熊を消した直後に身体が尋常じゃなく重くなった。
それに、リュミナの傷を治した途端に意識が遠のいた。
あれは力の反動だったのか。
「これくらいで人を救えるなら、安いもんだな」
ぽつりとつぶやくと、女神たちは「ぷっ」と吹き出した。
《フハハ! やはりお前にして正解だった!》
《ええ。……おや、もう時間のようです。ランド・バーナード。私たち神は、自慢ではありませんが、何千年も何万年も生きているのです》
「は、はあ。何万年も……そりゃあすごい」
《そんなオレたちからすれば、37歳なんて赤子同然だ》
《本当に。これまで人生を他人のために費やしてきたのですから、これからは、貴方自身のために使いなさい。……それでは、また会える日を楽しみにしています》
光が収束し、世界が遠ざかる。
「かっ、神様! ありがとうございます! お、俺……頑張ります!」
最後に叫んだ思いは、届いただろうか。
そしてまた、現実へ。
------
森熊襲来事件から、一週間が過ぎた。
全身を襲った激しい痛みと疲労は徐々に消え去り、数日もすればよくなった。
リュミナも最初こそだるそうにしていたが、今ではすっかり元の調子。
村人たちも落ち着き、森熊に破壊された家や畑の復興に精を出している。
そんなある朝、いつも通りの食事を終えると、リュミナは腰に手をやった。
「――旅に出ましょう!」
「……いきなりだな」
俺は食器を片しながら返す。
「いきなりじゃないわ。むしろ遅いくらい。私は冒険者になりたいし、貴方も冒険者になりたい。体はすっかり元気だし……ここに留まる理由、ある?」
俺は少し考えてから、笑った。
「いや、何も」
村を出る道。
遠くに広がる草原。
俺の足取りは、驚くほど軽くなっていた。
「……おお」
「どうかした?」
「いや、本当に村を出るんだなあ……と思って。そんなこと、今まで考えたこともなかったから」
村を振り返って目を細める。
リュミナはぴょこんとジャンプし、満面の笑顔を作った。
「これからは、色々考えましょ! きっと全部やれるわよ!」
「……ぷっ。ははっ」
「む、何で笑うのよ!」
思わず吹き出してしまった。
だって、この歳で胸が高鳴るなんて。
本当に、思いもしなかったから。
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あとがき
本作、第1章を読んでいただき、本当にありがとうございました。
これからランドは、失った自身の青春を取り戻すべく、全力で頑張ります。
もしそんな彼を「応援したい」、もしくはこの作品を「面白い」「続きが気になる」と思ってくださいましたら、フォローや★評価をいただけると幸いです。
皆様からの応援を糧に、今後も執筆して参ります。
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