神に祝福された善良なるおっさん、破壊と創造の魔法で人生やり直します!

厳座励主(ごんざれす)

第1章 おっさん、旅立つ

第1話 この日、俺の青春が始まった

「――自由って、こんなに虚しいものか」


 村はずれ。

 小さな墓の前。

 雨の音が、やけに大きく聞こえていた。


 昨日、母を看取った。

 享年56。大往生……とまではいかないけど、医者の言う余命はゆうに超えた。

 長い、介護だった。


「俺ももう、37になっちまったよ」


 バーナード家の長男、ランド・バーナードとして生まれた俺。

 家族を置いて出て行った無責任な父親に代わって、大黒柱になる必要があった。

 幼い頃から仕事に出て、体の弱い母を看病し、高齢の祖父母を介護し、弟妹きょうだいを育て、金をやりくりして……。

 仕事と看病と介護と育児に明け暮れ、気づけば37歳。

 人生も折り返しに差し掛かっていた。


「母さん。そっちでは、思う存分体を動かしなよ」


 祖父母は逝き、弟妹たちは自立し、母を見送った。

 今、俺に初めて訪れた自由。

 心の底から望んでいたはずなのに、胸の中はぽっかりと穴が空いたままだ。


「……はあ」


 ため息を一つ。

 雨がひたひたと墓石を濡らす。

 俺は花を直し、石に手を当てた。


 「また来るよ。爺ちゃん、婆ちゃん、母さん」


 言葉が空気に溶けていく。

 長年の疲れがどっと押し寄せてきて、足元が少しふらついた。

 こんな夜くらいは酒でも飲もうかと思ったが、気分になれなかった。


「……あ」


 家への帰り道の途中、ふと教会が目に留まった。

 小さな村の古びた教会。

 特に祈りを捧げたいわけでも、何かを懺悔したいわけでもなかったが、ふと「寄ってみよう」と思った。

 もしかしたら、神様に縋りたかったのかもしれない。


 ――キィィ……


 扉を押すと、軋んだ音が夜に響く。

 中は薄暗く、蝋燭の火が一つだけ揺れていた。

 正面の祭壇には、水晶のような玉が置かれている。


「これは……そういえば、今日はの日だったか」

 

 ここのところ母親の体調が芳しくなく、付きっ切りだったせいで失念していた。

 今日は、村の者たちが集まって神に祈りを捧げる日。

 そして水晶を通して、神様がメッセージを伝えてくれる……かもしれない日。

 思い返してみれば、子供の頃から一度も参加したことはなかったな。

 それどころじゃないほど、忙しかったから。


「……なあ、神様。俺、これからどうやって生きていけばいいのかな」

 

 独り言のようにつぶやいて、水晶に手を伸ばした。

 指先が触れる。

 その瞬間、目の前が純白に染まった。


「……っ!」


 視界が光で満ちる。

 空気が澄んでいく。

 先ほどまであったカビの臭いも、雨の音も、風の音も無くなった。

 ただ、どこか遠くから響く声だけ。


《――やっと、会えましたね》


 女だ。

 柔らかく、それでいて心の奥に刺さる声だった。


《待ちくたびれたぞ。お前が、よそ事にばかり心を砕いているから》


 違う女の声。

 先ほどよりハスキーで、力強い声だ。

 二人いるのか?

 俺は声の主を探そうとした。

 だが光ばかりで、何も見えない。


「……誰、でしょうか」


 一度ごくりと唾を呑み込んだあと、声の主に問うた。


《私たちは、この世界の神です》

《相反する力を持つ神だ》

《私は創造を司ります》

《オレは破壊を司る》


 交互に回答がやってくる。

 か、神……?

 神って、あの神様……?

 にわかには信じがたい。

 けれど、疑いようの無いほど高貴なオーラを感じる。


「神様が……俺に、何用でしょう」

《私たちは、貴方に祝福を授けに来たのです》


 俺は耳を疑った。

 

「祝福、ですか。なぜ俺なんかに……?」

《魂が善良だからだ。お前ならば、強大すぎるオレたちの力を正しく扱ってくれると判断した》

《本当であれば、10歳の時に授けるつもりだったのですが……機会に恵まれませんでしたね。仕方ありません、家族のために必死だったのですから》


 信じられない。

 神託の儀で神に見初められ、力を得ることがごく稀にある……という話は聞いたことがある。

 けれどまさか、それが俺に訪れる予定だったとは。


《もう少し話していたいところですが、あまり時間がありません。私たちが消えてしまう前に、貴方に祝福を授けましょう》


 優しい声の神がそう言うと、俺の体を光が貫いた。


「ぐあっ……!?」


 目が焼けるように熱く、足元の感覚が遠のく。

 夢か、現かもわからないまま、意識が沈んでいく。


《力の使い方は、そのうち身につくだろう。……ああ、使い過ぎには気をつけろ。大きな力であればある、ほど……代償も……高く――》


 その言葉を最後に、全てが途切れた。




------




 目を覚ますと、朝の光が差し込んでいた。

 布団の上。窓の外では鳥のさえずりが響く。

 上体を起こして掛け布団をめくると、ひやりと体が冷えた。

 どうやら、眠っている間にかなり汗をかいていたらしい。

 衣服も布団も、ぐっしょりと湿っている。

 

「……夢、か」


 教会での出来事を思い出す。

 あんなこと、現実に起こるはずがない。

 服をまくって体を見てみたり、手をぐーぱーしてみたりするが、何も変わった様子が無い。


「きっと気のせいだな。……水浴びでもするか」


 寝汗を洗い流そうと、外へ出る。

 雨はすっかり止んで、空は晴れていた。

 夜の湿り気が残る道を歩きながら、森の方へ向かう。

 森の奥に、澄んだ泉がある。

 病弱だった母さんの代わりに、よく水を汲みに来た場所だ。


「あの頃は大変だったけど……それはそれで、充実してたのかもな」


 そんなことを独りごちて、水面をのぞき込む。

 そこに移っていたのは、くたびれた三十路男の顔だった。


 栗色の髪はところどころ跳ね、手ぐしでも整わない。

 頬にはうっすらと無精ひげ、目の下には消えないくまが刻まれている。

 灰緑の瞳は、光の加減によっては金を帯びるけれど、その輝きよりも先に、苦労の跡がにじんで見えた。

 年齢より少し老けて見えるその顔を見つめながら、ランドは苦笑する。


「歳とったなあ……。さて、今日からどうするか」

 

 つぶやきながら水をすくおうとした瞬間、視界の端に何かが映った。


「なんだ……?」


 最初は、地面に落ちた白い布かと思った。

 近づいてみて、それが人だと気づく。


「おい、おい! 大丈夫か!」


 少女だった。

 年の頃は10代後半あたりだろうか。

 短い金髪が泥にまみれ、所々敗れた服は血で染まっていた。

 息は浅く、肌は氷のように冷たい。


「しっかりしろ! 何があった!?」


 抱き上げた瞬間、彼女の唇がかすかに動いた。


「た、すけ、て……」

「っ――!」


 その一言で、体が勝手に動いた。

 俺は少女を抱えて走り出した。

 息が切れても、足がもつれても、止まる気になれなかった。


 胸の奥が、やけに熱い。

 昨日まで空っぽだった心が、今は痛いほど騒いでいる。

 なぜだか分からないが、強く思った。

 彼女を助けなきゃいけない。


 この日、俺――ランド・ガーナード 37歳の、青春が始まった。

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